時間とは何か
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
たんなる、
後付けで作ったルーる
それが時間であり 妄想なんしゃね? 四次元なら無限の三次元の集合になるから自然に実在しない。 >>510
根拠はある。
ただ実在するかどうかはわからん。
非実在説にも根拠はあるからなあ。 >>517
アナクロと証明する
アナクロが否定の根拠になることの証明
話はそれから >>519
お前が肯定できることを証明しない限りな >>522
何言ってんだお前?
馬鹿かよ
何がどうなったらそんな馬鹿になるんだよ 松田卓也 迷著なっとくする相対性理論とか
おかしな本読んでるから時間の感覚がおかしくなる この宇宙空間内だけにしか相互作用しない力
エネルギー保存則で相互作用するために時間が必要なんだろうな 無は空間すらない時間も閉じている
絶対的に支配する原初エネルギーによって閉ざされていて
無は無であろうとする、いまある宇宙の源である有は有であろうとするジレンマだけが存在していた
過去と未来が限りなく0に近い幅で振動し時間が対消滅するような世界で、ある時間に有が生み出したのが時空
その姿はそれがそうでならなければならなかったように幾何学的構造を形とり
現れた空間と内部は無と"ほぼ"同じであろう絶対的なエネルギーそのもの
有は設計図など持ち合わせてはいなかったが具現化したエネルギーと時間を不思議と巧みに操ったのが今の宇宙
そしていずれ宇宙(時空)が閉ざされるなら、あらゆる物は空間と共にまた一つとなり次元と物理法則は消滅していく
無によってあたかも今までが無かったかのように振る舞われるだろう
永遠と閉ざされていく我々は一つのエネルギーとなり、我々だけが共にした時間を抱いたまま未来永劫、有として無と対峙する
無は何も知らないし、知ることもないのだろう こういう適当な妄想にリラクゼーション効果があるんだよ それは自己欺瞞
リラクゼーションの錯覚も客観的測定では逆効果 >>538
文章の書き方が明らかな糖質を示している 物質が質量を持ち存在しなければならない、または動く、力が働くということは万物に全て同じ速度で流れる時間が必要
時間が全てを同じように支配しなければ、全てにおいての事象に矛盾が生じてしまう
物理的に空間を無くす、物質を無くす方法は無いが時間のみが可能である、しかし局所的では決してない
同じ時間によって支配されたものだけが
同じ作用をする、つまりこの宇宙空間そのものが元々ひとつの有という存在としてあった事と同じでなのである
時間は我々が決して操る事は出来ないが唯一知ることの出来る最低次元の万物に作用する絶対エネルギーなのだ 宇宙の膨張が止まれば時間も止まる
時間が止まれば瞬く間にエネルギーと重力だけの世界になる
時間に作用されない空間の中にあるエネルギーそのものと重力は本来の姿を取り戻す
空間は時間エネルギーによって作り出された有の持つ初期の絶対エネルギーで有の最初で最後を司どる万物に作用していたエネルギー
時空は再び元に戻るがその現象の振る舞いは実に軽々しいものだ
時間が止まった時にすでに還る為の姿をしているからだ
空間とエネルギーを永遠に閉じていく為の重力
重力とは無と同じエネルギーであり無の仮の姿なのかもしれない
空間は無と同じ姿へと還り、それを覆う時間=有も永きに渡る無とのいたずらは再びあの瞬間へと還るのだろう 空に向かって指を差す
その先は止まる事なく無限遠に伸びた所を指す
果たして宇宙の端、または外はあるだろうか?
宇宙の端では不思議な現象が起きている
末端は宇宙の始まる前である現象が永遠と写り出されており、時間が止まっているのだ
さらに外に出ようとするととてつもない重力と時間の完全停止により進むことが出来ない
指差した先には確かに何かが存在するはずなのだが...あるとしたら時間のない世界であろう
我々の時間はやはり我々だけの時間である
たとえ他に宇宙があろうと、それが遥かに永い年月が流れていようと"生まれた時間"が違えば決して交わる事もないのだ
宇宙は賢い、無もまた宇宙よりもさらに賢くなければならない
無は無限のエネルギーと無限の可能性を取り込む容を持っているのだ 時間というのは時間に左右されない物質の変化によって起こるものだと考えてる
そこでその物質の振る舞いを探るため時間が無い状態とはどういう状態なのかを考えてみた
我々の知る物質と何が違うのか何があって何が無いのか
そもそも人間が最も時間を感じる時なにを意識しているだろう
時間とは流れであり変化であり、その実相は因果関係に尽きる
つまりBの前には必ずAがあるという概念
BからZに飛んだとするとそのあいだの因果関係は途絶えるゆえに起こりえない
しかし観測できない別の道を辿ったとするとそうとも言い切れなくなる この世界は不思議な事が多く、中でも存在というものは何時の時代も人を悩ます
いつ始まったのかどうしてこういう形なんだろうか
時間の世界は不自然なほどに完成されすぎてる
まるでどこかに骨子とも核ともよべる設計図でもあるみたいに
その設計図が時間に影響されない謎物質なのでは この世界はいくつもの次元からなっており見えているのはその一部だとされているが
理論すら曖昧な現状憶測だけなのでいまいち現実に影響を与えない(意識と連動しない)
そこで私は独自の理論によってワームホールを造ろうと思い立ち
数年前から稼働させている
ワームホールは今の科学力で十分に造ることが出来る
PCSのパーツだけで造り上げた。無論誰にも観測はできない
新たに何かを生み出したわけではないからだ
目に見えない次元に既に存在するものを利用しようというわけだ
言うまでもなく、それは言葉だ
言葉と科学がどう結びつくのかというのは割愛
高い次元の科学においては精神も物理に含まれているということだけ このワームホールは通るのに宇宙服も宇宙船も必要としない
時間の経過とは違うベクトルにあるのでこの世界の何も通用しない
得も無いが害も無いというわけだ
だからその変化を感じ取れるのは唯一・・・
そして人はそれを通してでしかこの物質の存在を感じ取ることが出来ない
成功すれば時空間を自在に操ることが出来る夢のテクノロジーだが
そのためにはまず精神を完全に制御することが前提になる
三次元の物理と科学としての精神が完全に融合しなければ
単なる超自然の猛威でありテクノロジーとは言い難い 多元宇宙論とよく耳にするが他の世界とはなんだろう
形はどうあれ我々が想像してる世界なら時間、空間、エネルギーを持つ世界であろう
時間のない世界は?空間のない世界は?エネルギーのない世界は?
これらがひとつでも欠けていたら形ある世界とは言えない
もしかしたら我々の想像する世界とは多々ある有の形のひとつなのでは
無から生まれるものには物質等の実体がなく空間も存在していない意思のようなものだけがある世界、瞬く間に消える儚き世界、線だけで出来た世界
もしかしたら、まるで世界とは呼べない歪な世界でありふれているのかもしれない
しかし、これらはいずれも時間が必要なのである、時間があり時間と共に生まれ時間と共に変化していく
では時間の流れは全て同じで等しく他の宇宙にも流れているのか?
我々の宇宙、我々の時間とは我々人間が生きていける時間...
いわば物理定数が存在するための時間(強さ)なのだ
他の世界では時間の流れが違う、他の世界が存在するための時間(強さ)が必要になる
例えば我々の宇宙の時間の流れが1としよう、他の世界では100かもしれない
ではその決定はいつ決まる?
全ての始りはいつも有が有であろうとした結果であっただけなのである
有は無(全ての可能性と全てのエネルギーと全てを無にする力)なしでは存在することが出来ない
対峙するように居座ってお互いが鏡のような存在であり続けるのが有と無なのである
まるで0というものを頑なに守るように すごく単純なんだろうな
あまりに単純過ぎて、かえってわからない Kpah means spread pussy, you know. どこまで思い違いが可能かを考えると
時間の本質に近づけるかもね ぼくの大学早大
きみは今年は浪人
二人併せてそうろうだ
きみとぼくとでそうろうだ ぼくのだいがく法政
きみの大学慶応
二人併せて包茎だ
きみとぼくとで包茎だ 時間というものを理解すれば全ては0=∞=1で表せることに気付くことでしょう
りんご1つを表すのも0=∞=1なのです >>577
説明もなしに
他人が納得するわけねーだろ
バーーカ あってもなくてもどうでもいいだろ
うちの犬は飯時になるとそわそわしだすが >>580
自演失敗するほどの馬鹿w
人を納得させうる具体的な詳細書けないんじゃ鼻くそと同じレベルだな リーマン球面では0,∞,1が同等くらい書けば良いのにな 安倍総理大臣はなぜ総理を辞任しないのですか?
なぜ逮捕されないのですか? オレ的には
この一瞬が永遠であり
一瞬とは運動の言い換えだと理解する 自然は運動するエネルギーの濃淡の海であり
その生成過程において差異として全ては存在する。
次元は理解の媒介で実在しない。 >ID:ToSmqusG [3/3]
しねや糞文系 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています