強いAI)技術的特異点/シンギュラリティ174
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
改行くんが経済を語り出したらコチラに避難してください
2スレ同時進行することでスレチ野郎をヘッジしたいと思います 吉野さんのノーベル化学賞受賞でシンギュラリティは
近づいた? つまり、何でもありの状態になるからこそ、
一貫した合理に従うことが大事
何でもありの状態だからこそ、思考回路はより発散しやすくなる
思考の純度が高まるからね >>971
貿易戦争と言うより完全にAI開発戦争だよな
日本は呑気にしてるけど、AI開発が核兵器並みに国家の主権に関わるって言うのはもう殆どの先進国は気がついているんだよね アメリカでは高給取りの医者がいるから国民皆保険の妨げになってる
外科医ロボットの開発が急務なんじゃないか >>969
>その人の精神の回路は発散してしまう
物理的な制限を、ほとんど考慮しなくていいなら、
回路が発散しようが、
その状態を、苦痛と感じるかどうかは、
その人の脳の神経伝達物質の条件次第だから、
逆に、
回路が発散した状態を、
幸せだと思わせれば良いって話になる。
ただまあ、
回路が発散した状態というのが
抽象的すぎて良く分からんのもあって、
他人から見て思考がグッチャグチャで整理が付いてるようには
とても見えなくても、
その人の脳内では、
一定の合理性を保ってるはずなんだけどね。
例えば、今の日本で殉教するとか言い出したら、
他人から見れば頭がおかしいとしか思えないけど、
その人にとっては、
それが重要で、
論理的思考の帰結に基づいた一番の幸せへの到達であるという可能性もあるというか、
よく考えた上で、殉教を選んだのが妥当だという話になる。 >>976
気付いているからこそ、
技術がない国は必死に規制を謳うんだよな ノーベル賞理系(実力)受賞者の学位取得大学(学士号・修士号・博士号)
文学賞・平和賞は政治力。
京都大学 9(物理学賞3、化学賞4、生理学・医学賞2)
東京大学 8 (物理学賞5、化学賞1、生理学・医学賞2)
名古屋大 6(物理学賞4、化学賞2)
大阪大学 2(物理学賞1、化学賞1)
東北大学 1(化学賞1)
北海道大 1(化学賞1)
埼玉大学 1(物理学賞1)
東京理科 1(生理学・医学賞1)
東京工大 1(化学賞1)
山梨大学 1(生理学・医学賞1)
大阪市立 1(生理学・医学賞1)
神戸大学 1(生理学・医学賞1)
長崎大学 1(化学賞1)
徳島大学 1(物理学賞1)
これからはこのコピペ使いましょう。 >>978
科学技術が進歩し、あらゆる手段が可能になればなるほど
つまり、シンギュラリティに近づくほど
精神の回路の純度が高まり、平衡状態から外れると容易に発散するようになると思う
この回路を発散させてしまうと、それはすでに知的存在とは言えない
だから、逆に言えば、回路が発散した状態を苦と人は感じないといけないんだと思う
それを崩すことも可能になるとは思うが、それでは人は知的存在ではなくなってしまう
それは誰も望まないはず >>971
>>976
結局五感の部分だけなんだよな
脳味噌はどこも手掛けられていない デジタル回路の特徴自体はいくらシンギュラリティが進んでも変わらないはず
脳もデジタル回路だから
この回路を発散させずに維持しないといけない >>982
>回路が発散した状態を苦と人は感じないといけないんだと思う
やっぱりこの発散した状態というのがよく分からない。
本人が自分の思考は支離滅裂だと思ってるってこと?
それとも、
他人から見て支離滅裂に見えてるって事? ある挙動について原因を認識することで、その挙動の発生を制御できる
原因不明の挙動は制御できず、さらにその挙動の結果として生じる挙動も制御できない
それが連続すれば発散する ループを構成していること自体が、ある合理に従っている状況なわけだけど
生物はこのループをかなり多層化していて、
さらに人の意識は、さらにこれを多層化させてる
そのそれぞれのループに合理が存在するはずで、それが幾重にも重なり合ってる シンギュラリティと言えども、デジタルの外側の世界には出ることは出来ない
アナログはデジタル側からは不可知であって、結局は認識できないから
これは人にとってもコンピュータにとっても同じなはず >>987
申し訳ないがよく分からん。
例えば、さっき出した例で悪いが、
今の日本で、
殉教するとか言い出す人間が出てきたとする場合、
他人からは、頭がおかしいと思われるが、
自分は、至って正常だと思っている
この状態の人は、
思考の回路は発散してるの?
それとも、
本人が合理性を持ってると考えてる場合には発散はしてないの? 発散すると無作為になるから
正確には疑似無作為だけど
(疑似)無作為でないなら、発散はしてない まあ、しかし狂った理論というのは、たいていその人の普段の生活における
合理性に対して一貫性を持たないからね
だから、「狂った」と言われるわけで
すべての状況で一貫性を持って考えている人を一般的に「合理性がある」という
んだと思う そしてこういう一貫性の喪失は、部分的な回路の発散によって生じているんだと思うよ 発散って例えば伝統とか市場や慣習やらの規範に縛られない
無秩序な自由という意味? 仮に
自分でも支離滅裂で意味不明な事を
自分でも、よく分からないけど言い出した場合を、
思考の発散だと言ってるのなら、
通常は
それは一般的な知的活動では無いとは思われる。
ただ、仮にそんな状況があったとして、
それが苦痛であるべきかどうかは、
別問題だと思うけどな、
例えば認知症では、
意図的ではなく、
似たような状況が起きてしまう場合もあるとは思うが、
それが苦痛であるべきかどうかは、
決まってるべきなのかな?
可逆的に正常な状態に戻せるなら、
苦痛であるべきみたいな話? 戦前の日本に置き換えれば今の中国叩きなんてまだ始まったばかりの状況
1930年 スムート・ホーリー法。貿易戦争開始。
1931年 日本の中国侵攻、金本位制廃止。
1933年 ヒットラー台頭。
1936年 日独防共協定
1936-37年 FRB金融引き締めで米国その他の主要経済が悪化。
1937年 日中戦争。米国が中国に武器供与。
1939年 独ポーランド侵攻、第2次大戦開始。
1940年 ヘンリー・スティムソンが戦争相就任、日本への経済制裁強化。
日本は東南アジアにある欧州諸国の植民地を侵攻。「大東亜共栄圏」。
1941年 米レンドリース法で同盟国を支援。
米国内の日本人の資産を凍結、日本への石油輸出禁止。
真珠湾攻撃。 まあ、他人からすれば
迷惑だから、
正常な状態に戻って欲しいと言うのは、
分かるんだが、
支離滅裂な思考や行動によって、
本人が苦痛を受けるべきかどうかまでは、
別だと思うんだが、
そう言う話ではない? 部分的な脳回路の発散が全く独自の概念を生み出すというのはあるかもね
自由にしても、本当の自由という意味であれば、疑似無作為ということになるし
合理に従っているなら、それは厳密には自由じゃないわけで
まあ疑似無作為も本当の無作為ではないけど
本当の無作為を作り出せるのはアナログの世界、つまり自然界のみ
この自然界の無作為と人間の自由である疑似無作為が対になっているときに
それは平衡状態を維持できる
神の意志に呼応した人の自由という形態であるなら
しかし、デジタル技術の発達によってこのアナログの世界からの影響が小さくなるほど
この疑似無作為による自由も小さくならざるを得ないってことだと思う 人間の脳では設計できないから経済も歴史も
アダムスミスの神の見えざる手のごとく任せ
シンギュラリティで設計して自ら切り開くのが
このスレの住人の意志w このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
life time: 12日 15時間 29分 42秒 レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。