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日露戦争の負債を完済したのはいつなのか?
日露戦争で日本は、米国系ユダヤ人から借金をして戦争を行い、「ロシアに勝利」しました。
太平洋戦争開戦時もまだ、日本は米国のユダヤ系資本に莫大な借金を負っていました。
第二次世界大戦後、1951年のサンフランシスコ講和会議で米国は表向きは、賠償金負担を減らすよう各国に呼びかけました。
これは、「日本のことを思って」などというものではなく、日本からの借金取立てを優先させるための政治的判断でした。
米国は、日本から確実に借金を取り立てる一方、アジア諸国には賠償金取立てを諦めるように主張を押し通したのです。
米国は、1986年までゆっくり、しっかりと、貸し付けていた金に金利を上乗せして回収した。
日露戦争で負債を負った日本人は、太平洋戦争でも負け、戦勝国による占領支配をうけながら、
国債を通じてピンハネされ続ける機械の部品、歯車になり下がりました
結局、しっかり昭和の終わりまでかけて金利を加えて日本から借金を回収したのです。
日露戦争遂行のためのポンド建て日本国債は、借換債を発行しながら1986年にようやく完済した
最終的に返済を完了したのは日露戦争の後82年経ってからでした。
82年前の人の借金をせっせと返済していたと、団塊世代の何割が意識していたでしょう。

日露戦争に「勝利」した日本
しかし、日本は日露戦争で賠償金を得ることさえなかったのである。

97 名前:名無し職人[sage] 投稿日:2022/09/21(水) 20:10:30.03
愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じた事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香