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特集3 精神科医はどうやって診断しているのか

久留米大学医学部 神経精神医学講座
内野俊郎



腹痛で内科を受診すると、いつから痛いかといった問診やお腹を触って調べる触診が行われます。
血液検査も多いでしょう。
それらに加えてレントゲンやエコー、場合によってはCTといった検査で診断を行うこともあります。また、糖尿病など血液検査である程度の診断がはっきりする病気もあります。

ところが、統合失調症やうつ病、双極性障がいといった精神科の病気は、そういった客観的なデータや画像だけで診断するのはまだ不可能です。
脳波検査やCT検査を行うことはありますが、これは他の病気との区別をつけるために行われるもの(鑑別診断)です。そのため、精神科の病気の診断に最も重視される方法は、患者さんの体験を言葉で語ってもらうことによる問診ということになります。

これはより専門的に行われることから精神科的診断面接と呼ばれることもあり、ご本人だけではなく、様子をよく知る近親者の話を伺って判断することもあります。
また、1回の面接だけで診断がつかないこともありますし、患者さんの状態によりますが、ある程度の治療の方針を立て必要な診断をつけるためには1時間程度は必要になることが多いように思います。

その1時間で、困っていること(症状)は具体的にどのようなものか、その症状はいつ頃からか、どんな対処をしてきたのかといったことや、症状が起きる前にどのような生活の背景があり、他に体や気持ちの変調はないかという情報を集めていきます。
ただ、とても多くの患者さんが受診している状況でその1時間をどう確保するかというのは、精神科医にとっても患者さんにとっても切実な課題といえるでしょう。

○診断が大切なわけ

望ましい治療のために確実な診断が第一歩になることはいうまでもありません。
診断が異なれば、治療法が変わってしまうわけですから当然のことです。特に最近では、うつ病と双極性障がい(旧 躁うつ病)をできるだけ早期に区別することが注目されています。
どちらも同じように抑うつ状態を経験するのですが、長期的に見たときには選ぶべき薬がかなり違うことがわかってきたからです。

また、統合失調症でも最初に抑うつ状態で発症する方がいますが、当然薬の選択は異なります。

しかし、現実にはそれらの区別はなかなか容易ではありません。
皆さんには、NIRSという装置を用いた診断の方法を耳にした方もあるかもしれません。
これは頭の表面から近赤外線という光をあて、反射する光を測定することで客観的に脳の働きを検査するというもの(光トポグラフィー検査)で、うつ病や双極性障がい、統合失調症の区別ができるという研究報告もあります。

しかし現在は先進的な医療技術の段階とされており、広く実施されるようになるにはもう少し研究成果を積み上げる必要がありそうです。
より望ましい治療を早く患者さんに提供するために、診断方法はこれからも進歩していくことが期待されます。



○診断が変わるのは誤診なのか?

最初の病院と2つ目の病院で診断が違っていたという話は精神科に限らずよく耳にします。
そういった場合、最初の診断は誤診だったのでしょうか?

実際に診療をしている立場からすると、誤診といえる場合と誤診とはいえない場合があるように思います。

他の病気の可能性も考えるのが当然な症状があるのにそれを見逃している場合や、よく似た症状を起こす別の病気でも、頻度の多いものや、ちょっとした質問や検査の追加で区別できるのに、それをしないことで起こったものは誤診といえるように思います。

一方、後から診断が変わったのに誤診といえないケースとはどういうものでしょう。
私が経験したある方のお話を少しだけ紹介します。

大学を卒業したばかりの女性Aさんは「眠れない」という訴えで受診しました。
寝つきが悪く、朝もすっきりしないというお話をされました。
悲しい気分や仕事への不安などはなく、昼間眠気を感じても仕事にもきちんと取り組めているとおっしゃいます。
念のために甲状腺の検査などもしましたが異常はありません。
また、誰もいないのに声が聴こえるという体験などは一度もないと笑顔で返されました。
やはり1時間程度の診察でいろいろな病気の可能性を考えてみましたが、不眠の他には時々経験する動悸が気になるということしかはっきりしませんでした。

その段階ではいわゆる「不眠症」としか考えられず、質のよい眠りに役立つ生活の工夫を話して数回分の睡眠導入剤を出しました。