私人逮捕における実力の行使

司法警察職員、特に警察官が犯人等を逮捕する場合において、犯人等が抵抗や逃走した場合には、状況とその者の罪状に応じて警察官職務執行法に基づき武器の使用を含めた制圧手段を取ることが認められている。

これに対して私人が逮捕行為を許容されるのは、犯人が明らかに前述の現行犯(準現行犯を含む)に該当し、なおかつ現行犯逮捕に関する要件を満たしている時に限られる。その上で犯人が抵抗や逃走した場合に法律上認められる実力の行使であるが、最高裁判例では「現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許される(刑法35条)」としている(最判昭和50年4月3日・昭和48(あ)722・刑集29巻4号132頁)。

ただし、どの程度であれば社会通念上認められるかは結局犯罪の現場における総合的な状況によるのであり、また、犯情に比して結果が重大であれば、実力を行使した側の罪責は免れ得ない。2007年9月11日には、埼玉県内のゲームカード店で商品を万引きした男が店員に取り押さえられ、その際に抵抗したため店員が首を締めて意識不明にさせ、のちに死亡した事件が起きており、店員は傷害致死罪で逮捕され、その後さいたま地方裁判所は執行猶予付きの有罪判決とした。

万引きを咎められ拘束を受けた場合に抵抗したという事実と、羽交い締めにして意識不明にさせ結果死亡させたという事実との間において、正当防衛における相当性と武器対等の原則を欠き、前述最高裁判例の「社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力」を越えるものである。

また、盗犯等防止法に関しても「犯人を殺傷」が許されるのは、「盗犯を防止又は盗贓を取還せん」として「自己又は他人の生命、身体又は貞操に対する現在の危険を排除する為」であり、結局店員の場合においては、犯人が積極的に店員に暴行を働き店員の生命又は身体を危険ならしめようとしていたのであれば別段、私人逮捕による制圧時に対して消極的に抵抗したに過ぎず、たとえ、その消極的抵抗が違法なものであったとしても、「現在の危険」は商品に対する損害と、私人逮捕による制圧時に抵抗されたという2点しか存在していなかったのであり、総合的に見て相当性を欠く行為であると言わざるを得ず、結果として店員の制圧行為により致死を招いた結果は罪責を免れない(盗犯等防止法は正当防衛の相当性の要件を緩和する規定であるが、これは無制限に緩和する趣旨ではない(最二決平成6年6月30日・平成6(し)71))。