林: 自分がPATMであると強く主張する人が存在することは事実です。たとえば【3885】私はPATMですをご参照ください。
一方、PATMという病気は実際には存在しません。この【4098】の質問者がお気づきのように、自臭症(自己臭症、自己臭恐怖などと呼ばれることもあります)か、または統合失調症のどちらかが正しい病名です。

ところがご本人は、そのような病名には納得しないことがはるかに多く(自己臭症 の実例をご参照ください。また、自己臭症は統合失調症の前駆症状として現れる場合もしばしばありますし、前駆症状というより統合失調症の症状そのものの場合もあります)、逆にPATMという説明の方が納得されやすいものです。

「自分のから発する臭いなどが人に迷惑をかけている」というのは広い意味では妄想ですから、ご本人は妄想であるという説明には納得せず(その症状は自己臭症であるとか統合失調症であるなどと説明しても、それは、「実際には人には迷惑をかけていない」と、本人の主観的な体験を否定しているのと同じですから、つまりはそれは妄想だと説明しているのと同じことになります)、迷惑をかけているのは事実だという説明(すなわちそれがPATMという説明になります)に納得するのはごく自然です。しかしPATMであるという説明は本人の妄想についての確信を強化し、病気を悪化させていることになります。

なお、この症状では、「自分から発する何かが人に影響し、迷惑をかけている」という体験が本質で、その「何か」としては「臭い」が比較的多いですが、臭いとは限らず、視線であったり、言葉であったり、思考であったりします。これは、「自分の内部にあって、本来は外には出ないもの」が、自分という境界を越えて漏れ出てしまう体験であるとまとめることができ、統合失調症の中心症状である自我障害に一致しているとみることができます。すなわち、自己臭症が統合失調症の前駆症状として現れたり、まさに統合失調症の症状とて現れたりするのは、その根底に自我障害があるからであると説明することが可能です。

また、今はあまり使われていませんが、自我漏洩症候群という言葉もあります。これは、かつて自己臭症を綿密に観察した藤縄昭先生が、自己臭症という症状から「自分のなかのなにものかが、自分から漏れて他人に知られ、あるいは他人に影響をおよぼす」という性質を抽出し、思考伝播、考想化声、独語妄想(【3296】自分の考えを声に出して漏らしているような気がする)、寝言妄想(【0717】寝言を盗聴されている気がしますなどと一括して名づけたものです (藤縄昭: 自我漏洩症状群について. 土居健郎編 分裂病の精神病理1. 東京大学出版会. 1972. に詳述されています)

Dr 林のこころと脳の相談室 精神科Q&A (2020.8.5.)