>>435
籠城戦!
勝ち目がなければサッサと降伏すべし
でもこうして城と命運を共にした例は珍しく、実際は勝ち目がないとわかると、城に火を放ってスタコラ逃げたり、サッサと降伏するのが当たり前でした。

唐沢山城(栃木県)は、軍神と呼ばれ恐れられた上杉謙信に合計10回も攻められました。
城主の佐野昌綱は北条家に後詰めを依頼したこともありますが、基本的には早々に謙信に降伏するか城から逃亡しています。
しかし、越後を本拠地とする謙信が居城・春日山城(新潟県)に帰ってしまうと昌綱は唐沢山城を取り戻して謙信から離反、春になると謙信が再び攻めてくる…。
これを10年も繰り返し、昌綱はついに謙信から城を守り抜いたのです。

現代なら城を捨てるなんて、「卑怯者!」「プライドないの?」なんてディスられそうですが、「城を枕に討死でござる」といった美学は、江戸時代に入ってから儒教の普及とともに理想化された「武士道」の観念。
戦国時代の常識や実態とは、実はかけ離れたものだったのです。