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 曲がったことが大嫌い。真っすぐで兄貴肌な性格を岡本幹成監督からも信頼され、
聖望学園3年時には主将を務めた。高校通算37発の勝負強い打撃を武器に、3番鳥谷と
強力打線を構築。最後の夏は同校初の甲子園出場に導いた。

 東北福祉大進学後も4年時に副主将を任され、社会人チームの鷺宮製作所でも活躍。
現役引退後は同製作所、同大で計6年コーチを務め、この3年間はいちサラリーマンと
して会社業務に専念していた。

 そんなころ、岡本監督から母校への復帰を要望された。「鳥谷はプロで頑張ってく
れている。宮崎はチームに戻ってきてほしい。そういう風にずっと思っていた」−。
恩師の思いを受け、迷わず覚悟を決めた。

 「もう『ありがとうございます!』のひと言ですよ。キャプテンとして甲子園に連
れて行ってもらった。今度はコーチとして監督さんを甲子園に連れて行きたい。それ
だけです」

 昨年末には鳥谷にも正式に報告。「お互いしっかりやろうぜ」。そんな誓いも胸に、
1月31日付で鷺宮製作所を退社。2月1日付で聖望学園の保健体育教員に就き、野球部
コーチのキャリアをスタートさせた。