>>652
 江夏が、猛牛打線の前に「無死満塁」という状況に追い詰められた。なにしろ当時
は一世を風靡した“西本打法”の西本監督が手塩にかけた打者たちがグルリと江夏を取
り囲み、絶体絶命なのだ。しかも打席には強打者佐々木恭介が立つ。

 と、この時、広島ベンチ古葉監督は北別府と池谷の2枚看板をブルペンに走らせた。
いうならば“次善の策”で当然の準備なのだが、みるみるマウンドの江夏豊の顔が明ら
かに“怒気”を含んで自軍のベンチ(三塁側)の監督古葉をニラミつけている。そんな
に俺が信用できんのかッ…。

 無死満塁にしてしまったのは江夏なのだ。

 しかし…赤ヘルのリーグ優勝をもたらしたのも江夏豊なのだ。そのリーグV決定の
試合を広島市民球場の放送席で解説していた阪神元監督村山実はハラハラと落涙する。
「俺は江夏を優勝させてやれなかった…」と。

 だが…最終戦の最終回の江夏の怒りは尋常ではなかった。と、そこにスッと一塁手
の衣笠祥雄が江夏に近づいてきて、ゾクリとこう言った。

 「おい、ベンチをみるな!(おまえが野球を)辞めるなら、俺も一緒に辞めてやる…」