紅き背徳の轍
1.
「荻野さん、どうぞお入りください。」
稲岡の声がする。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったが、
何かを得るためには何かを失う。私は自分の夢を叶えるためなら、躊躇しない。
「はい、稲岡さん。初めてですがよろしくお願いします。」
それは、決意に満ちた笑顔。自らの負い目を昇華させるべく、
自分の前にいるこの人を本気で愛そうという覚悟。ゆえに偽りなき誠心。
これが荻野の特異性。ファンとのつかのまの握手の際、その一瞬だけは目の前の
男を愛する。人は人の心を映し出す鏡。そんな愛を向けられた男たちがどうなる
のかは想像に難くない。処女にして淫婦。そんな荻野を目にして、稲岡は色めき立つ。

「なぜ、そんな顔をしてくれるのですか?俺が,どういう男か知っているでしょう?」
なぜ自分でこんな言葉を発したのか、稲岡にもわからない。今まで、多くのアイドルと
手練手管で繋がって来た。嫌がる獲物を無理矢理服従させるのは自分には容易いこと。
なのに、なぜこの女は。
荻野は稲岡の手を握り、白磁のような顔に美しく映える形のよい唇を動かす。
「私はあなたがどういう人かまだわかりません。だから、今から教えてくださいね?」