【久米宏の】土曜ワイドラジオTOKYO【TBS】
>100 なんでそんな古い曲覚えてるの?おいくつですか? >>101
30台後半でつが、正確にはA6さんというよりは三国さんの時(A6さんのと同じ
テーマ曲だけど)のをリアルタイムで(その当時70年代後半で消防ですた)聞い
てたので、これだけは頭の隅に残ってたんです。
で、「あ、こんなのあったよな」って思って。 >>100
なんとか楽団の「アメリカンメロディ」じゃなかったっけか? 何の自慢にもなりませんが、
その曲、同録テープで持っております。
とは言っても、平成4年の土曜ワイドですけど。
たまたま番組内でかかっていたものですが、
機会があれば、UPします。 >>103
そうそう、確かそう言うタイトル・・・
>>105
うpキボン! ていうか、久米時代もファンファーレ調の曲で終わってなかったっけ?
それが筒美京平作品だとすると、また別の曲なんだ…
それでは、約1名のリクエストにお答えして、
ほんの一部を・・・
ヤフブリのdantotsutamori でよろしく! 懐かしいねえ。ジングル関係を中心に、思い出話を。
>>64
「(女声)楽しいラジオはティービーエス、(男声)楽しいラジオはティービーエス、
(女声)ほらほら街を流れてく、 ティーービーーエス、
(男声)みんなか(女声)ティーービーーエス、(男声)きいてる
(女声)ラジオを聞くならティーービーーエス、ラジオを聞くなら
(男女)ティーービーーエーース」
もう一つのTBS関係のコマソンと言えば、
「TBS−(早口で)
あんなのどお、こんなのどお、いろいろあります見てください…」
というTBSハウジングのものだろう。とくに、最初のTBS−が利いていた。
>>70
♪いちょうなみき〜で、東京バザール
あつまーれ、あつーまれ、東京バザール、東京バザール
東京バザールは、確か春秋2回やっていなかったっけ?TBSの名物イベントであった。
いちど、東京バザールの中継をテレビでやっていた。この番組で秋山ちえこをはじめて見た。
当時(二十数年前)から、おばあさんであった。
>>68
(たーちーかーわぁーー)ターラータララァラ、ターラッタッ中央〜せ〜んたっち川駅からバス〜にのおたらアという間ぁ、モデールハウスがいっぱい並んだ立川住宅、こおえん。エービーシーーハーウジーン。
河辺駅編は、「中央せ〜んかべ〜駅から駅前目の前どまん前…」というものであった。
「ど真ん中」でなくてよかった。長州に勝ち食らわされるところであった。
>>74
当時、東芝EMIから土曜ワイドのテーマ曲「ラブ・アドベンチャー」が発売
された。レコード番号はETP-10439。演奏は「紅の翼」。作曲・編曲は
もちろん筒美京平。そしてジャケットの裏面には1978年5月のTBSラジオの
タイムテーブルと久米宏のコメントが書かれている。
筒美京平の代表曲の一つだと思うが、ベスト版に入っているのを見たことがない。
曲調としては、(ポール・モーリア+カラベリ)÷パーシー・フェースといったところか。
>>90
・内藤美奈子レポーター:レポーター(東大生)→パルコ劇場→ホリプロプロデューサー
いたねえ。ただし、レポーターの出世頭といえば、やはり犬養和か。というか、おじいさんが元首相ということでは、もともと出世
していたともいえるし、現在は俳優の亭主を食い物にしているといえなくもない、ということで、
ご存知の方も多いだろうが、今の安藤和津である。
あと、土曜ワイドキャスタードライバーだった過去をネタにしているのが山田美保子だが、あれはなんというか、
見苦しい感じがする。体つきもだが。 もう一つだけ。どうしても書きたいので。
>>67
楽衛
さんは、あのモッタラしているようで押し付けがましい語り口が嫌いだったが、土曜ワイドの番組中に、
台湾で航空機が墜落した、というニュースを読み上げた。
そして、乗客名簿に載った日本人名を読み上げていったのだが、最後に、
「それから、K・アムホダさん…日本人の方の名前ではないようですが…航空会社からは日本人と言ってきているので…
K・アムホダさん…です」といった。
聞いていて、私も「フィリピン人か誰かだろう」と思ったが、後になってみると、その人は悪筆で有名な日本人であった。
石原慎太郎とその人とだれか、が三大悪筆なのだそうで、おそらくは、Kをくずしてサインしたため、航空会社がHに読み違えたのでは、
と思える。
向田邦子の死が伝えられた最初であった。 >>109-110
思わず読み返した。
色々つなぎたいネタばかりですが(ABCハウジングは又後ほど)
特に最後の向田邦子の話は驚きました。実に臨場感がありますね。
書きが本職の方とお見受けしましたが。
100到達、よかった。 桝井論平ちゃんもオープニングの雄叫びやってたよね? >>110
楽さん、懐かしいですね。
あの頃のTBSラジオは、中村さんとか、小野さんとか、
非常にクセのある口調の年配の記者がニュース読んでましたね。 小学校高学年〜中学生にかけて、憑かれたようにTBSラジオばかり聞いていました。
若者向けでは、夜とも(TBS)、てるてる(文化)、くるくるダイヤル(ニッポン)の時代ですが、
なぜか、榎さん、大沢悠里さん、そして久米さんの土曜ワイドといった大人向け番組ばかり
好んで聴いていました。
そして、今だにTBS以外ほとんど聴きません。
テレビ局に好き嫌いはあまりないけど、ラジオとなると絶対954!
ラジオって、新聞と同じく、依存性が強いのかな? テレビと違ってあまり選局しないのが普通らしいよ。
特にAM。 素朴な疑問が民放連ラジオ番組最優秀企画とはねえたとえどんなにクレーム多くてもかい >>116
どんなクレームがあった?
アポなしで電話したこと自体が問題だっていうんなら
あんたと賞を決めた香具師との見解の相違だろ。
なかには、マジで怒り出した人もいたんじゃないの。いきなり素朴な疑問の電話かけてくる。世の中以外と頭の固い人多いから。 なんですかいきなり電話してきてとか。つまらないことで電話してくるなよ。と、怒った人たち多くいたんじゃないかな。 >>118
そういう反応はほとんどなかったような気がする。 いまも、午後3時くらいになるとabcラジオ1008が聞こえます。ラジオの種類にもよるが。ちなみに僕はソニーの携帯小型ラジオです。ダイソー100円ラジオではない。 今日のN捨で、土曜ワイドのジングルと、若かりしころの久米の喋りが流れた。 J-WAVE「JAM THE WORLD」できいた
久米若杉 山田美保子がワイドショーで言ってたが、
TBSには「久米を育てたのはオレだ」と言っている人が何十人もいたそうな。
そいつらももう定年でいないだろうし、久米さんには是非TBSラジオに帰ってきて欲しい。
「土ワイ」時代を知る者にとっては、あの番組が最高だと思うけど、
もう関東ローカルのラジオでは久米さんを使えないだろう。
しかし、「アクセス」をつぶして、「JRNニュースステーション」でも始めれば、
好聴取率はとれると思う。
>>129
もし今、久米が土曜ワイドをやるとなれば、ネットしたいと手を挙げる地方局が
絶対に出てくるはず。 手始めにマンネリ化している永六輔つぶすことだ。ただ、問題がひとつだけある。土曜ワイドスタッフにその考えがあるかどうかだ。 >>129
そうすると長野智子と交換の形、だな。随分と格が違うが。
久米土曜ワイド復活すると
永禄の代わりに次の古い(この場合は懐古趣味の)番組ができるだけ、という恐れもある。
俺はそうならないと思うが。 聴いてる方にはどうでもいいことではあるだろうが
オフィス・トゥー・ワンの奴らもどかどかと乗り込んでくるのだろうか。
Nステみたいに。 復活してもたったの3時間半。
サタデーウィズは終わってくれてもいいけど、
パカパカはやだなぁ 土曜午后の、家族でのお出かけ車中のBGM的な番組だった。
おすぎとピーコの存在を初めて知ったのも、この番組において。
当時漏れは消防だったのだが、彼らが如何なる人物なのかを全く知らず、
「小杉戸ピー子」とかいう名前の、良く喋るおばさんソロだと勘違いしていた。
数年後、双子、しかもオッサンである事を知った時の衝撃は大きかった。
>>110
楽衛と書いて『らくまもる』と読むんですよね。最初はわからなくて、『らくえい』
という名のあまり売れていない落語家かなと思っていたら、何とニュースデスクの
記者だということがわかった。。。という懐かしい思い出があります。 久米さん、戻ってきてくれないかな。
下品でとても好きだった。 今の時期になっても何も発表がないということは
この春、動きはないということかな? >>139
例え動きがあったとしても、Nステ降板の日までは何も発表しないと思う。 楽さんと言えば、普通はニューススタジオからニュースを読むのに、
女性のゲストが来るときは、番組のスタジオにやってきて、
ニュース読んで、そのまま居座るなんてこともしてたよなぁ。 久米が思いの通り、ラジオに復帰するなら
たぶん週一。間違い無い。 そのバヤイ
同じ元東京放送社員の真理っぺは??
揚げ 渡辺真理さんは、復帰してもいいんじゃないんですか。
古巣での活躍ぶりまた聴きたいし。
女子アナ連中からのいじめも立ち直るか、お互いが謝罪,和解すればいいけど。
真理さんがトラウマ起こしていなければいいが。真理さんより若いスタッフが起用認める話はないのかな。 81 名前:P.N.名無し大好きっ子さん[sage] 投稿日:03/11/25 23:31 ID:Ow9Ias5h
・TBS開局30周年上海中継のエンディングで、
久米さんが「開局30周年。民放は戦争を知りません」という言葉が印象的。
昨日の最後のNステでも同じようなフレーズを使っていたね。
上海中継のときはどういう意味合いで使っていたのかは知りませんが。 >>85
今売りの笑芸人vol.4(白夜書房刊)に付いてくるCDに
谷中の墓地レポートが収録されている。
ちなみに2381円(税抜き)。ちょっと高い。
CDなので立ち読みっていかないのがつらいところ。 >>147早速購入しCD聞きました。久米ちゃんも一慶も若いな〜。ただ当時の筒美京平作曲のサウンドステッカーも収録されてるともっと嬉しかったんだけどな。
著作権諸々で無理だったのか? 昔のことだけれど
久米宏が「尊敬する人は誰か」と尋ねられて
楽衛デスクの名前を出したのを覚えている。
もう、違う人になってしまったかもしれないけれどね。
その楽さんは、土曜ワイドで
「苗字が漢字一字なので、
学校ではクラスメートからも教師からも相当いじめられたが、
生きていてよかった」みたいなことを言っていた。 土曜ワイドで妙に覚えている事。
確か・・・、「東上線はなぜダサいのか」という様な事を特集する筈だったのが、
東武からの抗議で突然内容を差し替えた事が有ったような・・・。
確か・・・、「ラブ・アドベンチャー」の曲が入っているTBS所有のレコードが、
どうやら擦り切れかかってしまったらしく、番組内でこのレコードを持っている人
貸して下さいって呼びかけていた事が有ったような・・・。 この番組を小学校の帰りに聞くと
「あぁ土曜日なんだな」って思った。
この番組が終わってしまったら
ポッカリ穴が開いたみたいで寂しかったような‥
とりあえずおすぎとピーコは一旦視界から完全に消えた。
和子さんはお天気予報でよく見かけたけど、居場所じゃないって気がした。
楽さんはニュースハイライトやってなかったっけか?
俺にとって、久米宏はベストテンでも、NステでもTVスクランブルでもおしゃれでもなく、土曜ワイドだったな。あとぴったしカンカンが少し。 当時アシスタントをやっていた、石井和子さん(カコちゃん)は
なんと今は気象予報士会会長だそうな。
当時けっこう、久米宏にいじられていたな。 こんなジングル流れていませんでしたか?
♪ラジオは弾むTBS〜ラジオは弾むTBS〜
♪ラジオ東京〜ラジオ東京〜(間奏)TBS〜TBS〜TBS
今ラジオ東京って言葉も死語になったなぁ〜
この番組マムチャンもでていませんでしたか? ラジオTOKYO〜ラジオTOKYO〜TBS・TBS・TBS♪
そういえば、レポーターとして吉川美代子さんもでてたなあ。 「素朴な疑問」で面白かったのを語ろう。
俺は、路線バスの定員はあるのか?
最後は警視庁に電話して、係員がしどろもどろに
なっていたのが、印象に残っている。 漏れは主人のオナラはなぜ臭いのかという主婦の質問。
脱臭剤の白元に電話して、パンストの股の部分に活性炭を
詰めて履いたら、臭くなりませんと言いきった係の人に
久米氏もリスナーの漏れも脱帽。 「パンストとパンティは、どちらを内側に履くべきか」。
この疑問、たしか最終的にワコールまで行きついたように記憶しているが、
解答はパンティを内側に、だったと思う。
そもそもなぜこれが疑問なのか、いまだに分からない。
あまりに当然のことだと思うのだが・・・。 連続ですまんが、
「男性のイチモツは、加齢とともに黒くなるのか」。
オリンピック湯という都内の銭湯に電話。
切り出しにくくて、屋号の由来などを聞いていた。
番台の親父は、「さーどうですかねぇ」という返事だった。
その後、皮膚科か泌尿器科医院に電話をして、
黒くなるという結論だったと思う。 もひとつ、思い出した。
「東北新幹線の開業日(82年6月23日)は、なぜそんな半端な日にちなのか」。
国鉄本社に電話したら、電話口から「今TBSが実況してて、大変だぁ、どうする?」という声が。
結論は、なるべく早く開業するよう準備を進めた結果がこの日となり、
とくに6月23日に意味はない。ということでした。
国旗のさおのてっぺんには、なぜ金の玉がついているのか?
最初の旗屋さんは、当然?わからず。
最後は大学の先生が、太陽の象徴と回答。
久米宏は決して金玉と略さなかった。 あの金玉は、学校では「竿球」(かんきゅう)と呼ばせているそうです。
国旗法制定後、うちの子の学校では、校長室内に常時掲げていて、
成績や素行のよい子が任命されて、竿球を磨くのが名誉となっています。 国旗法制定後の名誉かあ。卒業式での君が代・日の丸問題といい、
なんだかなあ。
本題に戻って、さいころの1の目はなぜ赤いか?ってのがあって、
最初の文房具店は「アクセント」って答えた。
任天堂はもともとさいころは中国のもので、さいころの目は星を
意味してる。1は太陽を表しているのだと説明。
「これにて、一件落着〜〜〜」
NHKに関する疑問で、久米が大嫌いなNHKに直撃電話するのなかったっけ? NHKはけっこう電話してたよね。
詳細は覚えとらんが。 >156
路線バスの乗車定員の話しは漏れも覚えているな
元はといえば定員オーバーでつかまった聴視者からの投書を取り上げたんだよな
警察官の「見逃している」敵発言に喰って掛かった粂の態度に
真のマスコミ像を見たような気がしたもんだ 「素朴な疑問」は人気コーナーだったのに、途中からやらなくなっちゃった。
何か圧力がかかったと当時オモた。 ぁこれにてぇ〜、いっけんん〜〜、ぁらくちゃくぅ〜〜〜チョン×9、チョン!
急に思い出した。 3時の「久米宏のコーヒーブレイク」は、
コーヒーより、紅茶のほうが圧倒的に多くなかったか?
石井さんが注ぐお茶の音が懐かしい。
久米は、「あなたが注ぐとションベンみたいに聞こえますね」
とヒドイこと言ってたけど。 クズ音源ならあります。リクエストがある程度集まればUPしたいと思います。 ♪ラジオTOKYO〜 ラジオTOKYO〜
♪TBS TBS T〜B〜S! 「パンストとパンティは、どちらを内側に履くべきか」。
ではなく、
「パンストとガードル」だったと思うよ。 >>172
それならわかる。
果たして、答えは?? >>172
パンストではなくて、ガードルだったのか!!!
小学校低学年以来、質問自体ずっと謎だったので、
人生の悩みが一つ解消しました。
しかし、この質問を同級生の女の子にぶつけて、過去、何人に嫌われたことか。
失われた時を取り戻したい。
民間人のタイトルコールで始まる瞬間、
だいたいバラバラでグダグダなんだけど、
いかにもラジオ的でよかったなあ。
テーマ曲の萌え〜。 >>175
懐かしいですね。
ラジオの聴取率調査ってのが、時代を感じさせますね。
いまやったら、誰も反応してくれないのでは?
最近、新人TBSアナの中に、
「入社するまで、TBSラジオはテレビの音声を流しているものだと思ってました」
と公言する輩がいると聞き、愕然としました。 >>177
昔の宇野さんとか吉川さんと違って、
いまの女子アナはTBSで箔をつけて、
有名人との結婚退社やフリーアナが最終目標だからね。
「就社」意識は低いと思うよ。
自社AMで知っているのは、辛うじて、
「子供電話相談室」くらいじゃないの?
某TBS女子アナが雑誌の対談で、「榎さんて誰ですか?」と
司会者に尋ねていたのには、驚いた。 一日でいいから、久米・石井コンビ復活しないかなあ。
特集はもちろん「素朴なギモン」 素朴な疑問って、なんで生電話方式でしていたのだろうか。
事前に聞いたりしないところと、リスナーに聴いてでもわからせようとしたところ。が、面白いのか。 「時刻表の旅」もよかったな。
制作側の企画・取材力、出演者の表現力、リスナー側の想像力が、
みんな豊かでないと成立しない番組。
いまのラジオで、あのような番組が作れるだろうか。 >>178
以前、伊集院の秘密基地で、アシの竹内香苗アナも
榎さんを知らないと言ってた。
竹内アナは今では結構ラジオのこと勉強してるからいいんじゃない。 リスナーには人気あっても、社内的な存在感はゼロだろう。
しかもラジ専の元アナウンス部長なんて、権威も権力もない。
自殺する前のM宮アナは、将来自分が「TBSアナウンス部長」の肩書きで
定年を迎えることになるだろうことを恥辱と考え、悲観していたということからも、分かる。 まあ、「ラジオは左遷」が公然と語られていて、
昔から「ラジオ独立運動」があった所だからねぇ・・・ 松下賢次だっけ アナウンス部長って
スレ違いだが
歌謡ベストテン 結婚記念日 有名人のお宅訪問のコーナーが好きでしたね 「アナウンス部長」の肩書きの人は、何人もいるのでは?
いわば「巡査部長」みたいなもんだろ。 なんだか、とても華やいだ雰囲気のする番組だったような。
と言っても当時低学年の消防のタワゴトでしかないが。
でもなんでそんな風に感じたのかな?
久米の声かな?和子さんの声かな?まさかおすぎとピ(略 >>189
いや、1980年代前半までは、TBSラジオは華やいでいたんですよ。
いまは見る影もないが・・・。 ヤフオクで結構「素朴な疑問」の本が出品されてる。
実況本なので、読むだけで当時を思い出すなあ。
漏れは、おへそは上半身か下半身か、
女はセクスのとき男より何倍気持ちいいのか、ってのを思い出す。
特に、久米さんは、男は耳掻きみたいなもんです、
耳は気持ちいいけど、耳掻きは気持ちよくもなんともない、といって
かこさんが「ククク」と笑うというのが秀エツ。
>>151
東上線は土曜ワイドでもCM出してたからね。 「素朴・・・・」で、大企業や官庁に電話すると、
土曜の午後でも、いちおう誰かしら電話には出たよね。
みんな、よく働いていたんだね。 >>193
官庁は宿日直制があるし、当時は7時間勤務×週6回のように
土曜半ドンにしてなかった会社も多かったと思われ >>195
最近は、「半ドン」すら、死語になりつつある。時代やね。 久米の「隠しマイク作戦」が面白かった
ラジオを持って質入れ行ったり、久米がファンだった
栗原小巻宅に花束を届けに行ったりしたね 「その男 ゾルバ」
70年代前半、永六輔氏がメインパーソナリティだった頃、
聴取者から答えを募るクイズコーナーで、電話受付中にかかってた曲。
アテネオリンピックの試合会場で頻繁にかかってるのを耳にして急に
おもいだしますた。