イスラエルの人たちよ、今わたしの語ることを聞きなさい。
あなたがたがよく知っているとおり、ナザレ人イエスは、

神が彼をとおして、あなたがたの中で行われた数々の
力あるわざと奇跡としるしとにより、

神からつかわされた者であることを、あなたがたに
示されたかたでした。

このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのですが、
あなたがたは彼を不法の人々の手で十字架につけて殺しました。

神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、
よみがえらせてくださったのです。

イエスが死に支配されているはずはなかったからです。

ダビデはイエスについてこう言っています、

『わたしは常に目の前にヤハウェを見た。
ヤハウェは、わたしが動かされないため、

わたしの右にいて下さるからです。
それゆえ、わたしの心は楽しみ、

わたしの舌はよろこび歌った。
わたしの肉体もまた、望みに生きるであろう。

あなたは、わたしの魂を黄泉に捨ておくことをせず、
あなたの聖者が朽ち果てるのを、お許しにならないであろう。

あなたは、いのちの道をわたしに示し、
み前にあって、わたしを喜びで満たして下さるであろう』。

(使徒の働きより)