「蟹びと」
作.手ぶらの乞食

晃は人間に馴染めないでいた。
「何で人間に生まれて来たんだろう。もし僕が蟹だったらどんなに良かったか」晃は蟹になりたかった。

晃が魅せられたのはタラバ蟹だった。甲が丸みを帯び、やや前方に尖った五角形のフォルム、長い脚、そのどれもが美しく、取り分け蟹類の中でも大型で、その優雅な姿に憧れた。

蟹と言っても生態学上はヤドカリの仲間だが、そんな事はどうでも良かった。

晃はとある無免許の医師の家を訪ねた。大きな水槽にオホーツク海から捕って来た、特大の活きたタラバ蟹を持って。「先生!この蟹に僕の脳を移植して下さい!普通の病院では倫理的に無理だと言われて、それで先生のところへお願いに来たのです!」

「そりゃ、構わんが高いですぜ。旦那」

そして手術は執り行われた。

どれくらい時が経ったのだろう。
晃は目を覚ました。「ん?ここは…」

ブクブクと目の前に小さな気泡が立ちゆらゆらと上方に上がって行く。
水の中だ。ガラス越しに幾つものコード揺れている。身体を動かす度に揺れるそのコードの先にはガラスケースに入れられた脳が見える。

晃は自分が何なのか分からなくなった。水槽に入れられた蟹とそれに繋がったガラスケースの中の脳。自分の考えた事が目の前の脳で行われ、その思考が蟹の身体にコードを伝って送り込まれる。

晃はそれを俯瞰して見ている。

そして晃は知られざる覚者となった。