【初心者】キリスト教@談話室745【歓迎♪】
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>>102
あまり突っ込まれたくなかったのかな
ごめんね
おやすみ オレ、頭でっかちに、なってるな。
評価なんて、・・・。 ゲーム。やめる候補。
@ファミスタ
Aネズミ団
とりあえず、ファミスタは、引退。 1.2フレディがやって来る
3.4ドアに鍵閉めて
5.6十字架を握りしめて
7.8しっかり目を覚まして
9.10眠りに堕ちないように
数え歌 哲学者の永井均さんのTwitterより
この人と同じ時代を生きれて幸せものだ
---
十字架上のイエスの中の人間としての「私」が死んで神としての<私>が復活する、となります。
このことをたんに信仰の対象とするのではなく、模範として座布上で自らも実践しようとするなら、それがそのまま仏教となります。
--- いつもだし、今日もデカルトの独我論が唯思考の文脈で語られていて、言い分は理解できるがなんかなぁ。。。という記事を読んだ
デカルトの我思う故に…は思考を指しているわけではない
強調されるべきは「我=在り」のほうだ、といつも思わされる
思考を経由して「我=在り」を提示するのは追体験としても正しいように思う >>116
ただの変態アホ
スピ スピ スピ
異端アホ 専門家から全く相手にされないよ😃
やはり、サティはスピを選ぶう🍌 神様が宇宙や人間を作ったというなら
神様を作った神様が居るはず。👸 592名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/21(月) 09:38:52.89ID:l/ujoS7G
JRPはたまに砂漠でダイヤモンドを発見したかのような炯眼の話に出会える時があるからやめられない。
たいていはくだらないが。それでも玉石混交だったりする。出口氏が「罪=積み、すなわち積むこと。宝を溜め込む、
財を私物化し抱え込み社会のために使わないこと」のような話をされていたが、これは凄いと思ったよ。聖書にも
タラントのたとえで財は地中に埋めるくらいなら銀行に預けたほうが利子がつく、とかある。またエジプトで奴隷だった
イスラエル(ユダヤ)人々がモーセに率いられて解放され、カナンの地まで200万人の民がその道中の旅路に、マナという
食べ物が天から降りてきたとあり、マナは白い雪のようなウエハースのような甘い食べ物で、栄養がとれる。しかし食べる分
以外を残しておくと翌朝には腐っているという。やはり蓄財は罪なのだろう。人の悩みはたいていカネか健康。朝堂院さんにも
クビがまわらなくなった中小企業の経営者から家が差し押さえられたなどの相談が寄せられるようだが、しかし
神は「明日の心配はするな」と言う。神を信じていれば食べ物も健康も守られると。聖書には「空の鳥や野の花を見よ。
耕すことも蔵に納めることもしないが神が養っている。ましてあなたがたは鳥よりもすぐれたものではないか。
あなたがたに必要なものは神は知っている。まず神の国とその義とを第一に求めよ。そうすればそれに加えて
あなたがたに必要なものはすべて与えられる。」というような記述もある。今の時代は神を信じて魂が解放され、明日の不安
という真の奴隷から解放される必要がある。これが明日のパンよりも大事なことだと気づくと人生が楽になると思う 最初は軽い睡眠障害。
しかし気が付けば医師のカルテの病名記入欄には・・・ 存在の約束
1、存在の約束
創造主がいた。
創造主は無を作り出し、その後、宇宙が生まれた。
ぼくは、創造主に「必ず帰ってくる」と約束して、この宇宙に誕生した。
だから、ぼくはいつかは帰らなければならない。時の流れに逆らい、宇宙の起点よりむかしの虚無のその向こうにいる第一原因の元へと。
宇宙のたいていの生物は、ガス星雲で生まれる。ガス星雲で生まれる生物たちは、たいてい体が気体でできている。ガス生命体は宇宙に満ちている。
しかし、ぼくは岩石惑星に生まれた液体生命体であり、人類である。
ぼくは地上から宇宙船を打ち上げて、天に登り、宇宙飛行士となった。
天球儀に星図を映写して、ぼくは星々の海を進む。目指すは、宇宙誌のある記録天文台だ。
2、偶然の軌跡
ぼくの乗ってる宇宙船は遭難して、針路を「偶然の支配者」に任せることになった。そのまま、水も食料もわずかだが、それらを真空から作り出し、宇宙での漂流はつづいた。ぼくはどこにたどりつくのだろうか。すべては重力の導くままだ。 3、天球の音楽
遥か彼方から振動が届いて、宇宙船の中にまで音が聞こえた。天球の作曲によって、天球の音楽が鳴り、振動は調和して、韻律を踏んだ。
偶然の軌跡は、天球の音楽の導くままになり、偶然の支配者の意図を表現した。
ぼくはどこにたどりつくのか。
音楽は、記号を作り出し、歌が聞こえた。
宇宙にある楽器は太陽より大きく、楽器は遭難者を励ます。
創造主との約束を果たすために、第一原因に行かなければならない。
このまま遭難して、果たしてたどりつけるのだろうか。
4、遊歩(ランダムウォーク)
宇宙船は、因果律の混乱によって複雑に動いた。
物理法則が崩壊して、宇宙船は遊歩した。
神は物理法則の中に何を隠したのか!
物理法則の中に、何かが隠れている。
それをつかもうとしたが、できたかどうかわからない間に、ぼくの宇宙船は、目的地の記録天文台に着いた。 5、全記録
ぼくは、記録天文台の書庫に行き、宇宙誌を開いた。そこに造物主がこの宇宙に存在を許した全記録が書いてあるはずなのだ。
まずは自分を探した。確かに、ぼくの名前が書かれている。
次に、第一原因を探した。それは、ありとあらゆる修辞で脚色されて書かれていた。
ダメだ。創造主については、書いてあるが、ぼくの知能ではそれをすべては理解できない。
ぼくは神に対して無理解だ。
なんとか手がかりとなる目印だけでもとらえなければならない。
そして、究極目的の書かれているページを開いた。
いったい何が書かれているのだろうか、ぼくは宇宙の終末の記述を閲覧するのに恐怖した。だが、書いてあったのは「ふり出しに戻る」だった。
6、名前のない登場人物
宇宙誌に書かれているいくつかの存在は、名前を持たない。
彼らについて、ぼくらはどうしたら知ることができるのだろうか。 >>125
ベッドの有る心療内科で「神の子」発言して医者を説得してきなよw
ちな、俺はサイト・Twitterアカウント・日本鬼子は、警察・クリニック・宮内庁にリンクを既に渡してますので。
貴女のような小心者とは違うの。 7、天体売買
ぼくは、時をさかのぼれる乗り物を探した。それを買うには、天文学的値段がかかるらしい。それで、ぼくは、天体相場師(スタートレーダー)と取引して、小石で隕石を買い、隕石で惑星を買い、惑星で恒星を買い、恒星で星座を買った。そして、星座で宇宙魚を買った。
宇宙魚は、時の流れにとらわれずに移動できるのだ。
ぼくは宇宙魚に乗って、時間をさかのぼり、宇宙の起点へと向かった。
遥かむかし、覚えてもいないくらいの記憶の切れ端にある、創造主との約束、「必ず帰って来い」という約束を果たすために、宇宙の起点へと向かった。
8、返事
始まりの時へたどりついた。
創造の混乱がともなう宇宙の起点を一歩深く非在へ飛び込み、原初の無に肌が触れた。
そして、無の向こうに隠れていた第一原因に、ぼくはやっとたどりついた。
さあ、約束だ。
ぼくを祝福してくれ。ただ、きみのことばを聞けるだけでいい。
おわり。 >>132
けっこういいものが書けたと思うんだよ。
神学ショートショートを書くのが大好きになってきたよ。 >>135
だからさ俺の書いてる内容把握してから意見してくれる?
俺への称賛はしてはならないと書いてる。
貴方も大した作話師だよ。 >>137
物語調なのは苦手なんだけど、要点を際立たせてるから解りやすかったよ。 >>138
それをいうなら聖書読んだり教会の信仰を知ってから来てよね 信仰上の信念であること「私たちは神の子とされた」を信じていても精神障害ではないですよ 鬼この三位一体理解は、
キリスト教会の信仰である三位一体とは明らかに違う解釈をしている
と私は言っている イエスの神話も、もっと本格的に書こうかと思うんだけど。
今さら、イエスを特別な英雄として書くのは、ためらうものがあって、困ってる。
せっかく、キリスト教を他の宗教と対等に考えてきたのに、
下手に傑作を作ると、欧米を利するだけな気がして、のめりこめない。
日本神話の傑作が書けてから、イエスの神話を作りたいね。
イエスと互角以上の日本神話ができてから。
「マグダラの信仰告白」とかひどかったからね。
明治維新ものと、太平洋諸島文化の話をまずは作りたい。 >>144
あなたは鬼このミスリードに責任がもてますか >>130
この話好き。
SFぽいね
読みやすいし、なんというかワクワクする感じで
この話〉へびの話〉天国と地獄の話〉マグダラ
かな今のところ 昔、TVで、見たんだが、あるアジアの島か、どこかで、岩山に、オノかなんかで、小さい水路を、
掘る男が、いた。その男の上半身の筋肉が、素晴らしいこと素晴らしいこと。
今でも、憶えてる。 >>145
イザナミとかイザナギに関心がある友人がいる
巨岩信仰っていうのかな、山とかにある巨大かつ人的にも思えるような特殊な岩も見に行ってるらしい
日本神話も読み物として面白そうだね >>145
イザナミとかイザナギに関心がある友人がいる
巨岩信仰っていうのかな、山とかにある巨大かつ人的にも思えるような特殊な岩も見に行ってるらしい
日本神話も読み物として面白そうだね 熱帯魚のベタの紅白の魚が、いて、白いウロコが、ちょうど、40枚ほどだった。
それは、ちょうど、ワタシが、将棋やら、釣りやら、バッセンやらで、努力した数と、
同じだった。 >>148
おお、「存在の約束」は、「デッドバードストーリー」や「魔界奥義」より上ですかあ。
うれしいな。
やっぱり、「マグダラの信仰告白」書き直しますよ。
まったく気にせずに、イエス神話を格好よく書きます。 >>146
ピッピさんはなるみさんとシャロンさんのミスリードに責任もってるの?w >>155
また作話。
偽預言者に備えるため、三位一体の証はきません。
http://koumokuten.jpn.org/
読んでから言って? 三位一体とは
父なる神
御子なる神
聖霊なる神
この三者が一体であり唯一であるというものです
したがって鬼こが
三位一体の神はキリスト
わたしは三位一体の何か
という信仰があるとしたらキリスト者の信仰とはまったく違います >>160
やー幼稚な理論だこと。
知らないって無責任で済むから良いよねw >>162
偽預言者に備えるため、聖書を読まないと公言しましたが? >>161
腹筋あたりは、プロレスラーよりはるか上の筋肉。 >>164
鬼こ
ここはキリスト教スレだよ
あんたがスレちがいなの
間違いは間違い
>>158
私はピシャリ言ってやりましたよ >>172
悔い改めの理解は正しかったけど、実践しないと意味無いからね? 昔、中山車か、誰かが、女は、猫のように、
ニャーニャーニャーニャーしゃべってたいだけ、中身ナシと、
書いてたな。どうなんだろ?ピッピとか。 >>174
悔い改めというのはね
神の方を向くということなの
で、あんたは自分だけ正しいと思い込んでるおかしな三位一体解釈を吹聴して
ミスリードしようとしてる >>176
だから三位一体の解釈を書いて無いんだけど、幻覚でも見たの? >>176
悔い改め無いから作話になるの。
悔い改めましょうね? ピッピの独り相撲wワラ・・・
オレも、人のこと言えんが。、、 人生論 トルストイ
Kota Yoshii
冗談抜きで、ぼくにとっての人生の指針みたいな本だったいままで感じていた燃えるような苦しみに、
個我の幸福の追求故であり、それを否定して、他者の幸福を志向することにこそほんとうの幸福がある、
またそれを成し遂げる唯一の方法は、労力も時間も己の生命をもかけて他者を愛することである、
と説いてくれたことによって、やわらかな、ほんとうの幸福を予感させる光が射した。
https://bookmeter.com/books/520859 充実してきてるオレ。、、
ひょっとすると、・・・。 ゆう
キーワードは生命、幸福、愛。訳が難しくと内容自体難しく、深いところまで理解できていない。
そして、読みにくかったので全体的にパーッと読んでいった。
結局、自分自身よりも他人の存在を愛さなければ幸福はやってこない。
/苦痛は幸福のための必要条件。苦痛がなければ、人間はとっくに死んでいる。
/<引用>愛とは、単に言葉だけではなく、他社の幸福に向けられる活動でもある。
/将来の愛などというものはありえない。愛はもっぱら現在における活動である。
現在において愛をあらわさなぬ人は愛を持たないのである。 オレは、『人生の踊り場』が、あると思うんだ。
今は、出現してないけど。、、 「人生の踊り場」が、来てるのに、なんで、増えないんだよ! ゴンガラが人生の踊り場になったらダンシングゴンガラが喜ぶなw 以前、アウグスティヌスの三位一体の譬えを置いたことがある
861 名前:神も仏も名無しさん :2017/09/12(火) 09:42:23.59 ID:ehmRhM9F
アウグスティヌスの告白から三位一体の「譬え」の抜粋
超絶分かりやすく言うと、父も子も聖霊も人類の救いという一つのゴールにおいて働く三つの欠かせない側面だってことすね
私は、人々がこの三つのもの(父と子と聖霊)を、自分自身のうちに考察してみたらどうかと思います。もちろんこの三つのものはかの三位一体とは、はるかに異なっています。
それにもかかわらず私がそれについて話すのは、そこで彼らが思惟を訓練し、それが三位一体といかに異なるものかを、たしかめ、了解するためです。
ところで私のいう三つのものとは、「存在する」「知る」「意志する」、これです。
すなわち、私は存在し、知り、意志します。私は、知りかつ意志する者として存在し、自分が存在しかつ意志することを知り、また、存在し意志することを知ります。
それゆえこの三つにおいて、生はいかに不可分離で一なる生、一なる精神、一なる存在であるか、要するに、それがいかに分かたれ得ぬ区別でありながらしかもやはり区別であるかを、見ることのできる者は見るがよい。 大使館や宮内庁を巻き込めば
ナマポ受給できるらしい >>192
一応は丁寧に応対はするらしい。
けれどもそれだけの事。 >>192
ナマポ申請合格出来る条件が一つも無い私でも
なんとか なりますか?💦
老後は貰わないとヤバスですので 職員が丁寧に応対するからと言って
意見に巻き込まれる、なんて事は皆無です。 キリスト教の三位一体は神を指す
父も子も聖霊も被造物ではない
一方で人間は被造物である
三位一体の神は被造物ではない、という意味で明確に神でないものと分けられる
三位一体の神とは創造主であり、その創造の技において、三位一体の神なのだと思う
創造は「〜あれ」という形式で表現される
〜あれには「人の」という意味ではなく、神の、という意味で「在る、知る、意思」が必要なのではないか
この意味で三位一体は創造の神である
それが被造物である人の形式で現れる時に、その一側面が「在る、知る、意思」という形をとり、神の三位一体と「類比」することができる さて、「人」の場合での「在る、知る、意思する」は「霊の働き」である
この霊は神の息吹であり、火花であり、私の中に輝く神性でもある
この個における神性の作用は曇っているが、この曇りは光を強ぬすることができると宗教では語られる
そうして霊の力を強め、御霊の実を育て、「神に似るものになる」を実現するのが信仰の道
この目的において、組織や方法論などの手段は、本来は問わないのだろう >>197
キリスト教では死後決まるのは私審判ですね
いずれにせよ、子なる神は人の究極(イデア)は見せましたが、神のイデアを見せたわけではありません
我々に可能なのは、当初神が計画していた「完全なる人間」になるところまで、なのだと思ってます
なぜなら、僕達は人間だから >>200
それだと何時までたってもキリストはボッチですね。
可哀想に。
現人神と肩を並べる事を目指しましょうよ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています