「中論25章」より「スッタニパータ5章の学生ウバシーヴァの質問」との類似箇所の偈を抜粋


一〇 師(ブッダ)は生存(J註:原語で有の意もあるとの事)と非生存(J註:原語で無の意も)とを捨て去る(手放す)ことを説いた。それ故に「ニルヴァーナは有に非ず、無に非ず」というのが正しい。

二一 如来(ブッダ)は死後に存在するかどうか。世界は有限なものであるかどうか、など、世界は常恒なるものであるかどうか、などというもろもろの見解は、ニルヴァーナと【死後の】のちの世界と、【生まれる前の】未来の世界とに依存して述べられている。

二二 一切のものは空なのであるから、何ものが無限なのであろうか。何ものが有限なのであろうか。何ものが無限にして有限なのであろうか。何ものが無限でもなく有限でもないのであろうか。

二三 何が同一なのであるか。何ものが別異なのであろうか。何が常恒であるのか。何ものが無常なのであるか。また何ものが無常にしてしかも常恒なのであるか。また何がその両者(無常と常恒)ではないのか。

二四 【ニルヴァーナとは】一切を認め知ること(有所得)が滅し、戯論が滅して、めでたい【境地】である。そこではいかなる教えも、どこおいてでも、誰のためにも、ブッダは説かれることはない。