🎈本日の『manna』エペソ 2:11-22

キリストこそ私たちの平和

11
ですから、思い出してください。あなたがたはかつて、肉においては異邦人でした。
人の手で肉に施された、いわゆる「割礼」を持つ人々からは、無割礼の者と呼ばれ、
12
そのころは、キリストから遠く離れ、イスラエルの民から除外され、約束の契約については他国人で、この世にあって望みもなく、神もない者たちでした。
13
しかし、かつては遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近い者となりました。
14
実に、キリストこそ私たちの平和です。
キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、
15
様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。
こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、
16
二つのものを一つのからだとして、十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。



(ピッピ談)
日付に合わせて11-22 にしたのでしょうか。

神を敬うしるし(※ リビングバイブル)がどうして男子の性器の包皮を切り取ることなのか、いまだにわかりません。でも確実に子孫を増やすことと関係があるのでしょうね?
アフリカでは女子の割礼を風習とする文化も残っています。どんな意味があるのでしょう。
エビの養殖のやり方で知るところでは、エビの目に性欲をコントロールするものがあるので、目を切り取り性欲を制御できないようにされるらしいです。
旧約から新約へを見るとき、祝福された肉の繁栄から祝福された霊魂の繁栄へと変えられるイメージがあります。