聖書にこう書いてあります。

「しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、

その信仰が義と認められるのです。

ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、

次のように言っています、

「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、

さいわいである。罪をヤハウェに認められない人は、さいわいである」。

ローマのクリスチャンへの手紙