小川は「アンパイアに可愛がってもろたら得することもあるよ。1試合には
ボール、ストライクの判定が難しい球がたいてい12、13球あるもんや。
そんなときにはな、親しくしとると、ストライクにとってくれるね。アンパイヤには
サービスしとくもんだよ。」
私は人情としてそうなるものだなと思った。

そういえば、田中は、「ワシが西鉄時代、いま南海へいっとるYと同じ部屋で仲が
良かったんだが、Yが南海にいき、バッターボックスに立ったら、オレに打ちやすい
球をほったるんや。あいつ一塁へ出たら牽制球でアウトにしたる。そしたらピッチャーの
防御率は変わらんし、あいつは打率をあげよる。これも金には関係ないが一種の
八百長や。益さん(益田)がいうてた話やが、“こんちくしょう”と虫の好かない選手もいるし
同じ釜の飯食って、グチの言い合いや、一緒に飲み歩いた仲間は球団が変わっても
もちつもたれつの球をほうることがあるそうや」

私は選手同士にこんな駆け引きがあとうとは実のところしらなかったのである。
田中は選手に同士の一種の儀礼的八百長(?)については、こんな話もしていた。
「オレが西鉄時代、Tさんにはいろいろ世話になったよ。兄貴のように思えてな。
よう面倒も見てくれた。Tさんがサンケイに移籍、オレが中日でどっちもセントラル。
オレがピッチャー、Tさんがバッターの時には、アゴに手をあてたらカーブ、手をどこへ
もやらんときは直球。Tさんにはちゃんとサインずみやから、そのつもりで打ってきよる。」

「へえー、じゃ、その球に合わせたら、ヒット出るやろか。」

「そうだな、7割、8割はヒットになりよる。
試合終了後、Tは “勉、世話になったな。”こちらは“いやいや”てな調子だよ。
どうってことないよ。Tさんには、少しでも現役で残ってもらいたいし、そのために
オレは協力しているんだ。」

八百長ではない八百長、選手仲間の仁義みたいなものが、公然と行われている
話を聞いて、私はプロの世界を再認識したのものである。

藤縄洋孝著 『プロ野球ファンに詫びる-八百長演出家が告白する球界の内幕』/昭和46年