私は田中とよく飲み歩いたものだが、店のボーイやホステス、それに時によっては
お客までが田中勉と知るやサインを求めたがる・・・・・彼は場合によっては迷惑そうにも
していた。球界のスターになると自分ひとりで楽しめる時間がないのだ。その彼が
雨に濡れながら、世話になった人には低姿勢で接待している姿を見て、彼も相当な苦労人
だと思った。

「田中さん、どうして中日に移ったの?」

「オレは、ブタ(中西監督)が嫌いなんだ。なにかにつけて意見があわん。
あの人はファンに人気があって、マスコミには青年監督だ、豪快だ、と騒ぎたて
られとるだろう?実際はな、小心で、女みたいよ。それに選手に悪口を平気でいう
監督だよ。選手仲間では、案外、評判はよくないんだ。西鉄首脳陣で、気の合ったのは
稲尾さんだけよ。オレが入団してからずっと、面倒もみてくれ、可愛がってくれたよ。」

「じゃ、中西監督が西鉄をやめたら、稲尾さんが監督やな。そないになったら、あんたは
また西鉄に帰れるなあ。今度西鉄に帰ったらコーチに昇格間違いなしや。」