【高過ぎ】納得が行かなかった年俸査定【低過ぎ】
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>>231
セパの開きが酷かった。あの広島よりも低いとは。 サファテの5億とバンデンハークの4億は高すぎるだろ。
全然優勝に貢献してないやん。複数年契約失敗だね。
チームが優勝したから全然叩かれてない。 >>237
これ、球団代表個人の発言に大いに問題ありだな ソフトバンクの年俸バブル凄いな
森に4.6億、嘉弥真に1億とかどんだけ金があるんだよ その代わり、Bクラスに落ちようものなら全員年俸半減とかありそう 同じ3割30本打っても、
年俸5000万の場合→せいぜい8000万のアップ
年俸3億の場合→1億5000万くらいのアップ
費用対効果からすれば前者のほうが価値あるのに >>63
入団時に父親の借金も肩代わりしてもらった >>237
玉木よ
「リリーフなぞクズなんや!」
とダルに教えたれ。 >>244
3億円プレーヤーでその成績なら良くて現状維持だろ。 4点近い防御率でも6億5千万の現状維持の菅野
援護がなく1点台の防御率でも勝敗じゃなく防御率良かったから1億アップしたなら
防御率が悪ければ下げないとおかしい 黙らんかい!下級国民ども(笑)
おまえらと違って、一級のアスリートさまは崇高なんやで! どんなに赤字になろうとも、どんなに税金を使おうとも、
選手さまのお望みを叶えようとしないのは非国民! >>226
苦手な相手から逃げて、変化球でかわすヘタレっぷりでは当然すぎる。 >>5
逆に92年までは低すぎ
OPSは毎年高かったからな
野茂や古田が3年でほぼ同じ年俸になったのは可哀想だった 貨幣価値の違いと言ってしまえばそれまでなんだけどね… 野茂&古田と清原との比較の話か、失礼
であれば、タイトル獲得の有無というのが大きな要因かも
前者の2名は、3年目までにタイトル(野茂:最多勝ほか、古田:首位打者)を
獲得しているのに対し、清原は新人王こそ獲得しているが、打撃タイトルは
獲得できずに終わったからね… 試合なかった分は下げるのは当然。
選手さま会は狂乱するだろうけど。 オリックス藤井と
巨人の元木の年俸が殆ど同じだった 守備も考えたら藤井は貢献度低い。
だから仰木も不動のレギュラーにはしなかった。 藤井は西宮時代の成績を維持し続けていたら余裕で2億円プレーヤーだった ちょっと先の話になるけど、今年のオフはこれで揉めるケースが続発するかも 揉めるくらいならいいけど、球団大赤字でプロ野球選手の年俸バブルがはじける可能性あり ヘタしたら、全選手年俸半減なんてこともあるかも知れない… https://www.youtube.com/watch?v=lX4HyBJRpjc
立浪の年俸も1年目表向き600万 実際1200万
昔 巨人の原が入団2年目年俸1440万 CM7社でギャラ1億5000万
味の素・明治製菓・明治乳業・富士重工・大正製薬・美津濃・オンワード
巨人の年俸が割りと低めの80年代実は手取り金額の数字とか言う話もあったな。 >>263
他はともかく
野球が頼みの綱とか言われてるDeNAは
本格的にヤバそう スタッフのためにと、メッシが70%もの減俸を申し出た。
「オレたちは一級のアスリートさまだぞ!裏方ことなんか知るか、ば〜か」
な連中は1割カットすら認めないだろうね。 「年俸×億円だったのにいい!」
損失補償でそれを払ってやるの? 伊東勤と田村藤夫
能力は同じぐらいだけどチーム成績で年俸は倍ぐらい差がついてた 上は億万長者、下は普段から食えないほどーー
それを承知で芸能人になることを選んだのダロ!
西田敏行の「俳優を救いやがれ」発言に対し、世間一般からはそのような真っ当な反発が多かった。
プロスポーツだって同じダロ!
なんで税金で恵んでやらんとあかんのか(怒)(怒)(怒)(怒)(怒) 探偵ナイトスクープ初代局長上岡龍太郎の口癖は
「我々芸人は末路哀れは覚悟のうえでやっている」だった G.G.佐藤に尽きる。
.290、25本、80打点ぐらいで9500万とかだった。
何より華のあるスター選手だったにも関わらず。 >>275
和田禿が.320、30本、90打点がデフォだからそれに比べたら明らかに物足りないな。 >>274
人間国宝・米朝もまったく同様のことを言ってた。 >>276
和田の生涯年収はG.G.の10倍超えてるぞ。
ピークが短かったとはいえ、G.G.の生涯年収はサラリーマンと変わらん。
調停起こして銭ゲバ扱いされたり、五輪の落球で国中から袋叩きにあったり、テレビドラマに出演したりした「スター」の生涯賃金が3億ぐらいなのは球史に残る異常事態。 落合が名ばかりのGMになってからの岩瀬、荒木、森野の年俸査定は
あからさまに依怙贔屓して高過ぎだった
他の選手は軒並25%ダウンを連発しといて 確か、ルーキーにも限度額いっぱいのダウン提示をしたんじゃなかった?
そのルーキーが誰だったかは忘れたが ソフトバンクグループは、ことし3月期の決算を発表し、営業損益は、2兆円を超える黒字だった前の年から一転し、1兆3600億円余りの巨額の赤字になりました。
新型コロナウイルスの感染拡大を背景にした金融市場の動揺で投資先の企業の価値が下がったためで、赤字幅は過去最大です。
ソフトバンクグループは18日、グループ全体のことし3月期の決算を発表しました。
それによりますと、営業損益は2兆円を超える黒字だった前の年から一転し、1兆3646億円の巨額の赤字になりました。また、最終的な損益も1兆4000億円余りの黒字から、一転して9615億円の赤字になりました。
年間の決算で営業赤字、最終赤字となるのはいずれも15年ぶりで、赤字幅は過去最大です。
業績の悪化は、投資先のアメリカのシェアオフィス大手、ウィーワークの経営悪化による損失を計上したことに加え、
新型コロナウイルスの感染拡大を背景にした金融市場の動揺で、ほかの投資先についても企業価値が下がったことが主な原因です。
巨額の赤字に陥ったことを踏まえ、ソフトバンクグループはことし3月、最大で4兆5000億円分の資産を向こう1年かけて売却し、
負債の削減などに充てる方針を示していて、計画どおりに財務の改善を進められるかが問われています。
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1589787038/
ホークスの狂乱年俸を見直せ! それをやったところで、焼け石に水でしかないような… >>281
そもそも今年に関しては12球団足並み揃えて大幅減俸が確定しているから・・・・。 時代が平成に移ると、交渉の揉め事を回避するため、各球団が「事前交渉」制度を取り入れ始め
た。導入のきっかけになったのが、1991年オフの日本ハムの契約更改での“二大事件”だったという。
「エース・西崎幸広が、契約更改後の記者会見場に現われるなり、手に持っていたセカンドバッグ
を椅子に投げつけ“評価が低すぎる、一歩も引かない”と大激怒した。
西崎と同日に契約更改したストッパー・武田一浩も大荒れだった。1時間の交渉の末に、クイッ
ク投法でセカンドバッグを窓に投げつけた。折れ曲がったブラインドをよそに、会見で “低すぎ
る。2年も抑えをやってこれじゃ、リリーフなんてやってられない”と主張した。会見場でタバコ
に火をつけて落ち着こうとしたが、興奮しすぎて会話にならないほどだった」(スポーツ紙編集委員)
https://www.news-postseven.com/archives/20191129_1495446.html
そんなに怒るって、1991年の西崎と武田の年俸は一体幾らだったのだろう? でも西崎とか91年頃は、それまでの数年間に比べると不調気味だったよなぁ >>288
15勝7敗→15勝11敗→16勝9敗→12勝13敗→
10勝6敗1セーブ(1991年)
それまでに比べると勝数は少ないけど、西崎がチーム唯一の二桁勝利だった
https://npb.jp/bis/players/11913864.html
1勝2敗→6勝8敗→10勝5敗13セーブ→
4勝8敗18セーブ(1991年)
当時の抑えはイニング跨ぎが多かったので武田もかなり酷使されてる
41試合登板で64.2回
https://npb.jp/bis/players/21023866.html >>289
当時の状況は分からんけど19試合しか登板していないところを見ると長期離脱して
そこをマイナス査定とされたんじゃないかな?
>西崎
西崎は1990年代半ばには毎年のように離脱するのを毎年恒例の休暇と揶揄されていたな オーナーの溺愛補正か
対巨4タテVだった西武ナインの1990年オフ査定で1億届いたのが清原だけだった筈。 >>292
逆にガッツみたいに選手側から報復するケースもあるけどな(打率3割切ったオフに減俸、その翌年にFA) 槙原も先発でそれなりに活躍してたのに長嶋たっての希望で抑えに回されたり、
巨人のコーチはおろか解説者としても読売系列じゃないのも
FA移籍未遂で球団や長嶋の不興を買ったからなんだろうな 球界マネー事情/週べ回顧1972年編 - 野球:週刊ベースボールONLINE
https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20200924-01
大矢明彦プロ3年目、240万円→350万円
今とは貨幣価値が違うとは言え、3年正捕手やって500万もいかなかったんだな 1967年にドラフト10位で巨人に入団し、1971年に新人王を獲得した関本四十四(しとし)も
「ONは別格だった」と振り返る。
https://www.news-postseven.com/archives/20191126_1495038.html/2
>>295によると1972年は
長嶋茂雄が月410万円、王貞治が355万円 >>294
讀賣は、槇原のFA移籍未遂を未だに根に持っているのか
器の小さい連中だなw 当時、話題を呼んだのが、ヤクルト入団1年目(1971年)の若松勉だ。
「交渉の席に奥さん同伴で現われたのです。社会人時代に結婚した夫人は、会社の経理担当だった
ので数字に強かった。口下手な若松に代わり、夫人が電卓を片手に丁々発止。大幅な年俸増を勝ち
取った」(スポーツ紙編集委員)
https://www.news-postseven.com/archives/20191127_1495347.html?DETAIL >>296
「聞いた話だけど、2人の契約更改では、球団から金額提示しないんだって。白紙を彼らの前に置
いて“好きな額を書け”って。王に聞くと、“ノムさん、あれはいい手だよ。非常識な金額書けな
い”って言うんだよ。人間性を試されるって(笑い)。確かにそうだ。人間には“銭ゲバと思われた
くない”という理性があって、それが邪魔してね。思いきって書けないって」
https://www.news-postseven.com/archives/20191126_1495038.html?DETAIL&_from=widget_related_pc 契約更改に代理人を立てる選手もいるが、「日本では(立てるのは)もったいない」と里崎。メジャーリーグ
の場合は移動費用や住まいなど給料以外の生活の細部まで契約を交わすが、日本のプロ野球は翌年の年俸
のみのため、報酬を払うことになる代理人は必要ないという。
https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/entertainment/entry/2020/022177.html >>284
今年に関しては揉める選手が多いだろうな コロナ禍だからどこの球団も経営は厳しいのだろうけど
中日新聞社は相当厳しくなってるようだ
球団身売りなんてことにならないといいが 新聞はダメダメだけど、無借金で財務状態良好、家主で食っていけるグループだから
手放すことはまずないでしょう。 ドラゴンズない中日新聞とかただの地方紙になってしまうからな 1970年代以前のプロ野球選手の年俸はとにかく安かった
堀内が最後に2桁勝ったのは1978年だから、まあそんなもんだ
https://npb.jp/bis/players/91093822.html
天下の巨人で200勝した投手が最高1800万円だから
他球団の選手はもっと安かったんだろうな 南海ホークススレにあったので貼っとく
上の方で年俸の件で話題になっていたので1978年当時の各球団主力選手の年俸を紹介します
(外国人は除いてます。金額は万単位で推定)
ソースは 小学生の頃に買った「プロ野球大百科1978年度版(発売元ケイブンシャ)」
巨人
堀内1440
小林1260
王7680
高田1600
柴田1740
張本3800
ヤクルト
松岡1300
安田1700
大矢1120
大杉2000
若松2430
中日
星野2000
鈴木1400
木俣1700
高木2300
大島1000
谷沢1900
阪神
江本1200
田淵2500
藤田1400
掛布1500
池辺1200
広島
池谷1000
外木場1500
衣笠1400
水谷1250
山本2300
大洋
平松1000
野村1020
松原2400
山下800
田代800 阪急
山田2000
足立1800
山口1060
稲葉 1000
島谷1500
加藤2000
福本2200
南海
佐藤1200
山内1100
藤田880
藤原1300
桜井680
定岡440
新井450
門田1480
ロッテ
村田2000
八木沢940
野村克也1400
山崎1140
有藤2100
弘田1100
近鉄
鈴木2500
太田750
有田700
小川1100
羽田770
石渡900
日本ハム
高橋一970
高橋直1300
富田800
柏原580
永渕600
クラウン
東尾960
山下750
永射680
基1100
土井1600
大田 560
竹之内960 >>317>>318
( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
今見ると隔世の感があるわね
山下大輔や田代富雄が1000万いかない大洋もきついけど
1000万プレーヤーが高橋直樹1人しかいない日ハムが厳しすぎる
いつ身売りしてもおかしくない状態だったんだ >>318
トンビでも1000万行かないのかよ、そりゃあ江川にフラれる訳だわ。 >>317-318
張本でも王の半額未満なんだね
ノムさんは逆に南海クビになってロッテに行った割に高額に思えた 掛布の話しだと、レギュラーになった76年のオフ、イベントなどで銀行に何千万単位でお金が振り込まれてびっくりしたと言っていた 当時の年俸は1000万以下 あと優勝した85年、6500万年俸を球団は1億まで上げるつもりだったんだけど、吉田監督がもう1年様子を見ようといことで見送ったらしい 査定で言うとバースの次で岡田や真弓より上だった。 その時点で岡田真弓より上ってのは妥当だろうねぇ
ケチな印象のある阪神が、あの時代に1億はなさそうな気がするがw
査定に監督が絡むなんてことがあるんか >>326 吉田監督の著書で、バースも指摘してたけどもっとリーダーシップをとってほしいとかお山の大将で打撃以外で陰りが見え始めていて、もう一度体を鍛え直さないと言うところで、翌年以降、怪我で選手生命が絶たれるで8800万→7800万→6500万→引退だったかな。 >>327
怪我やスキャンダルが続いた割には緩やかな下降具合だな。
今なら8800万→5000万→2000万→自由契約だろう。 掛布は今の時代なら、日本一のオフの時点で1億円プレーヤーの仲間入りだろう 逆に、掛布が10年前に生まれていて
現役生活が60年代から70年代までだと
最高でも2000万円くらいしか貰えない >>329
48本塁打の79年オフの時点で一億行くだろ >>317-318
この中でその後1億円超えたのは
東尾と門田ぐらい 江本は81年に引退した時1800だったと言っていた。
200ずつ昇給したというよりはマスコミに低い金額が
掲載されていた(中西太監督と合わず、80年の更改の時に
我慢料として100上乗せして貰ったりはしていた)。
ちなみに金銭を抜きにした肌で感じた待遇としては
プロ入りした時の東映が一番良くて、南海、阪神と変わる度に
悪化していったらしい。 関西パ球団大物OBの座談会で近鉄OBと阪急OBが
互いにあんたの球団羽振りよかったやろと言い合ってたな 平成初期の日ハム、西崎が「チーム日本人史上二人目の4000万円越え」とニュースになってた。
一人目は勿論江夏だが、柏原も古屋も島田誠も柴田も、程遠かった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています