一般人の病気や体調不良など★84

808地震雷火事名無し(福岡県)2018/04/17(火) 08:52:35.42ID:npOtiD7/
 4月から小学校で道徳が教科化された。
これまで「教科外の活動」として成績評価の対象外だったが、2015年に文部科学省は学校教育法の施行規則を改正し、道徳を「特別の教科」に格上げした。
だが、道徳教育で「子どもの個性や多様な意見を潰しかねない」と現場は混乱している。
道徳は4月から正式な教科として成績が付けられるが、5段階などの数値ではなく記述式で評価される。
だが、子どもの「内心」を評価することに反発や戸惑いを感じる教員も少なくない。
実は横浜市では全国に先駆け、昨年度から市立小中学校で道徳の教科化を実施してきた。
横浜市内の小学校教員が困惑しながら語る。
「私たち教員は日ごろの係や委員会活動、行事などを通じて、通知表の総合所見欄で子どもたちを評価してきました。
そのうえ、子どもの『道徳心』をどう評価したらいいのか、相当悩みました。
小中学校の多くの教員が多忙で連日、過密勤務状態です。
いきおい、評価の文例などマニュアル化を望んでいる先生方も増えています。
子どもの内心に踏み込むばかりか、教員たちの側も思考停止するように仕向けられているように感じます」
道徳で定番となっている「星野君の二塁打」という小学6年の教材も、教員たちの悩みの種だ。
バッターボックスに立った星野君に、監督が出したのはバントのサイン。
しかし、打てそうな予感がして反射的にバットを振り、打球は伸びて二塁打となる。
この一打がチームを勝利に導き、選手権大会出場を決めた。
だが翌日、監督は選手を集めて重々しい口調で語り始める。
チームの作戦として決めたことは絶対に守ってほしいという監督と選手間の約束を持ち出し、みんなの前で星野君の行動を咎める。
「いくら結果がよかったからといって、約束を破ったことには変わりはないんだ」
「ぎせいの精神の分からない人間は、社会へ出たって、社会をよくすることなんか、とてもできないんだよ」などと語り、星野君の大会への出場禁止を告げるシーンが展開する。
個人プレーとチームプレーのどちらを優先すべきか。
悩ましいテーマだが、教材は迷うことなく前者を断罪している。
現役の小学校教員で『「特別の教科 道徳」ってなんだ?』の著者の一人、宮澤弘道氏はこう語る。
「戦時中の国民学校の話かと思ってしまいます。
人権を侵害していながら、道徳の教材として扱われている典型例です。
道徳はかつて『修身』が筆頭科目であったような位置づけになるのではと懸念しています」
教科化のきっかけとされたのは、11年10月に起きた「大津市中2いじめ自殺事件」だ。
「中央教育審議会の唱える『いじめのない学校』という方針は確かに切実な要求で、保護者の期待度も高い。
しかし、道徳が本当にその期待に応える教科になるのか」(都内の小学校教員)
ほとんどの教員は週に45分間の道徳の授業でいじめがなくなるとは考えていないだろう。
北海道教育大や東京学芸大など4大学が15年夏、教育改革について公立学校教員を対象にアンケート調査を実施、5373人から回答を得た。
道徳の教科化に「反対」「どちらかといえば反対」と回答したのは小学校約79%、中学校約76%に上った。
理由は業務負担の増加と、やはり、子どもの内面を安易に評価することへの疑問だ。
もちろん、正式な教科になる前から道徳の授業はあった。
だが、成績を付ける必要がなく、副読本を使うも使わないも基本的に自由。授業は個々の教員の裁量で行われてきた。
元小学校教員で自然科学教育研究所代表の小佐野正樹氏が語る。
「ほとんどは副読本を形だけ読ませるか、NHKの教育番組を見せてお茶を濁してきました。
一方で、学級会やホームルームを行い、毎日の集団生活の中から起きてくる問題を話し合う時間にしていた教員もいました。
文科省は盛んに『いじめのない学校』と言いますが、学力向上の名の下に遠足などの行事が削られ、いま学校はストレスで溢れ、いじめはいつでも起こり得ると考えるべきです。
いじめが起きたときに自分たちでいかに解決するかが重要で、最も大切なのは子どもたちの自治だと思います」

全文はこちら
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180413-00000011-sasahi-soci


この国は、どんどん狂っていってるな。
今さら、全体主義の推奨とは?!
法の支配とかチャーチル大好きとか盛んに言ってるくせに、やってることは逆方向。
完全に頭がおかしい安倍チョン!!
朝鮮に帰れや!!!

新着レスの表示
レスを投稿する