七つの大罪つっても、五つ目までは自分で裁き、六つ目に嫉妬の罪で自分が裁かれる。
憤怒の罪を犯すのはブラピだが、彼の裁きは妻の死という形で訪れる。
しかし罪に対し罰を与えるという流れできたのに、憤怒の原因が裁きにあるというのは
順序としてどうなのよ? 犯人側としては罪を犯させることが重要なので、初めに裁き
ありきでも構わない。絶対にこうすればこいつは罪を犯す、という自信があるからこその
賭けだとも解釈出来ないことはないが、それでは余りに独りよがりな犯罪で、撃ったら
負けだとか深刻な顔して言うモーガン・フリーマンは、引退前の最後の事件を無事解決して
帰りたいだけなんじゃと思ってしまうわ。