エル・エステ(その1)
「女の子だ」と母のお腹をさすりながら父は予言しました。
「芽が出て実が成るという願いを込めて、芽実というのはどうでしょうか?」と母が言うと、
「柿崎芽実か、いい名前だ」と父は仕合せそうに応えました。
それが私の最も古い記憶ですが、母胎の中にいる私がその様子を見られるわけがないので、もちろん刷り込みによるものでしょう。
父はフラワーアーティストでした。
私の生家には屋根裏部屋があり、父は誰も入れず、何か秘密めいたことをしていました。
その疑問を母に尋ねると、誰かを入れると霊力が逃げていき、仕事がはかどらなくなるからだと答えました。
母はいつも一緒に家の中にいて読み書きを教えてくれましたが、不思議と母の記憶はあまりありません。
父の素性は謎のところがあり、過去も知りませんでした。
でも、父がそばにいれば、他の何も気になることはありませんでした。(続く)