まだ、地球空洞説を疑っている輩がいるようだな。鳴門の渦潮は潮水が地中
に吸い込まれて、富士山が雲気を吐いている。地球には地磁気があり、磁力線
は南極から北極に外内と循環している。地球に空洞がなければ磁力は働かない
筈である。日月神示は言う。天に星がある如く地には塩があるのであるぞ。潮
、コオロコオロにかきならして大地を生み上げた如く星をコオロコオロにかき
ならして天を生み上げたのであるぞ。空は天のみあるのではないぞ。地の中に
もあるぞ。天にお日様ある如く地中にも火球あるぞ。宇宙は霊の霊と物質とか
らなっているぞ。人間も又同様であるぞ。宇宙にあるものは皆人間にあり、人
間にあるものは皆宇宙にあるぞ。人間は小宇宙と申して、神の雛形と申してあ
ろう。神と霊は一つであって、幽と現、合せて三ぞ。この三は三にして一、一
にして二、二にして三であるぞ。故に肉体のみの自分もなければ霊だけの自分
もない。又物質界は霊界の移写であり、衣であるから、霊と体とは殆ど同じも
のであるぞ。人間は霊界より動かされるが、又人間自体よりかもし出された霊
波は反射的に霊界に反映するのであるぞ。人間の心の悪が幽界を生み出してい
るのであるぞ。肉体に食う事あれば霊にもあり、言を食べているのが霊ぞ。こ
の点が大切な事じゃから、くどう申しておくぞ。死後においても現実界に自分
がある。祖先は過去の自分であり、子孫は未来の自分であるぞ。人類は横の自
分、動植物はその外の自分であるぞ。神は縦の自分であるぞ(全てのものが神の
現れであるから、それを殺す事は神を殺す事である)。動物霊が自分に感応して
来るのは己の心にその霊と通ずるものがある為ぞ。二重三重人格と申すのは二
重三重の憑き物によるものであり、群集心理は一時的の憑依霊であるぞ。神は
愛と現れるのであるが、その根は喜びであるぞ。悪抱き参らせて進む所に誠の
弥栄あるのであるぞ。
日月神示は日本人は肉類禁物じゃと言いながら、神に供えれば何食べても大丈
夫だと言っている。つまり、肉食系の人間には食べても良いと解釈出来るので
ある。これが八通りに読めると言う事。空間、時間が霊界にないのではない、
霊界では心の思うまま瞬間移動出来るのでないと考えても良い。