高校生になってから、母が私に愚痴を言う事が増えました。
隠れてしていた祖母のいびり、仲良くしていたようで裏があった親戚付き合い、妹や弟の学校の先生の対応の仕方。
それだけでなく、妹や弟、父に対する不平不満。
印象に残っているのは「流産した子が生まれていればよかった。何で三人も生んでしまったんだろう。下の子なんて、産むんじゃなかった」という内容です。
 私は母の愚痴を聞いて適当な相槌を打つだけで、上記のような内容を聞いても特にショックを受けませんでした。
本当に麻痺していたんだと思います。

 祖母や親戚が裏でそんなことをしていたと知って、不信感は芽生えてきました。
それでも長女だからと、今までやって来たような態度を崩せませんでした。
親戚で集まれば笑顔で相手をし、家族も入れて20人前の料理を母を手伝いながら作り、配膳し、祖母が親戚に渡したがる野菜を準備し、包装して配りました。
不登校になった辺りから、妹も弟もあまり親戚付き合いの手伝いをしません。
盆や正月になるたびに私は母の愚痴を聞きながら、手伝いをしました。
母は冗談交じりに私を「お母さん」と呼び、私は頼られているから頑張らなければと尽くし続けました。