たいていの教会は、日曜学校、または教会学校などの名目で、
子供を対象にした礼拝を行っています。
つまり、子供の頭の柔らかいうちにキリスト教を教えようというわけです。
今から考えると、あれこそ大人にとっては格好の「洗脳の場」だったと思います。
子供は大人の言うことを素直に聞きますから。
しかし、その教え方に大きな問題があるように思えます。
大人たちは、子供に分かりやすく簡単な言葉で、時には大げさな表現で教えますが、
ともかく子供は「フィルターなしに」なんでも信じ込んでしまいますから、
ある意味危険だといえます。
その結果、私の場合、先にも書いた通り、ずっと罪の意識に縛られることとなったのです。

教会側にクレームをつけたところで、
「そんな風に教えたつもりはない」と否定するでしょうが、
大人と子供とでは物事のとらえ方が違うということを理解してほしいです。
子供の想像力は、大人が思う以上に良くも悪くもずっとずっと豊かなのです。
「なあに、うちの子は黙って素直に信じているから大丈夫」と思ったら大間違いです。
本人は信仰することに重荷を感じていても、
それを口に出してはいけないと思って悩んでいる可能性だってあるのです。
教会では、神について否定的なことを言ってはいけないと教わりますから。

大人になってからキリスト教に出会ってクリスチャンになった方、
お願いですから子供たちに「重荷」を背負わせるのはやめてください。
それはただの大人の「趣味の押し付け」にすぎません。