大人になって挫折した末にクリスチャンになった人は、
「この素晴らしい教えをぜひ子供たちにも」と言いたいところでしょうが、
まだ子供は「人生の挫折」というものを知らないのです。
それなのに、「これは重荷が下りる素晴らしい教えだから」と押し付けるのは、
子供にとってありがた迷惑以外の何物でもありません。
特に、子供に「罪の意識」を植え付けた上でキリストの救いを教えるのは、
「やめてくれ〜〜〜!」と声を大にして言いたいです。
むしろ、子供に「罪の意識」という名の「重荷」を背負わせることになるのです。
私の信仰生活には、常にこの「罪の意識」が心にありました。

一般家庭に生まれ育ち、一般社会の中で生きてきた大人には、
「処世術」という、世の中を要領よく生きていく術(すべ)が身に付いています。
したがって、そういう大人が教会へ行ってキリスト教の話を聞いても、
自分が身に付けた常識の範囲内で情報を処理して理解できます。
しかし、子供たち、特にまだ物心も付いていないような小さな子供は、
まだそのような能力が備わっていないため、
大人がする話を文字通り信じ込んでしまいかねません。
したがって、例えば「あなたの心は黒く汚れている」などと教えると、
本当に胸の中が真っ黒に汚れているなどと受け止めかねません。
また、「罪びとは死んだ後に地獄に落ちる」と私は教わってきたので、
小学生のある時期、本当に夜も眠れないほど死後のことを心配したことがありました。