左派加速主義・計算政治哲学・不幸削減主義 part 3
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
左派加速主義・負の功利主義・計算政治哲学・現実的反出生主義・不幸削減主義(既存の術語ではなく新語・仮名である)について議論をするスレッドです
※他者の人格を否定する煽りは基本的に禁止する。反論の態度も節度が求められる。同意しなくとも他者の意見を尊重すること
※理論的・行動的・政策的な考察も歓迎する
※ID・ワッチョイ導入がなされない場合、コテハンは歓迎
「不幸削減主義」とは当スレにおける新語で、「何等かの人生・実存における不幸全般を定義・分析し、科学技術を援用して文字通り削減すること」
を好ましいと考える「負の功利主義」を個別実存理論的に一般化した思想とする
「現実的反出生主義」とは、人間社会システムのレベルでは苦しみ・不幸は十分に削減できないと考える反出生主義に理解を示しつつも、非反出生主義・未来主義との
和解を模索する思想である
「計算政治哲学」とは計算論的な概念整理・最適化と共に政治哲学表現を志向する方法論を指す
関連キーワード:計算論政治哲学、左派加速主義、構造主義、反出生主義、負の功利主義、シンギュラリティ、複雑系科学
前スレ
現実的反出生主義・不幸削減主義 part2
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1603026449/l50 やっつけ仕事で改行が適当になってしまったw
IDも導入したのでまた過疎ると思いますが適当にやっていきましょう 「計算政治哲学」というとオカルトっぽくなると思うので、
「政治工学」にした方がいいのではないだろうか。
https://kotobank.jp/word/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%B7%A5%E5%AD%A6-85871
ただし、これの定義だと、「解明する」になっているので、それだと工学まで行けてないと思う。
政治の技の開発方法まで計算でできるような考えにしないと工学にならないはず。 こういうやり取りはよくあるものだけど、非常に重要なポイントを孕んでいる
これが事実だろうが事実であるまいが、「誰が勝ちだ、負けだ」という枠組みから如何に脱するかということ
0625 名無しさん@恐縮です 2020/12/26 00:52:52
信者でもアンチでもないけど子供と観に行って自分でもびっくりするぐらい泣けたぞ
観もしないで叩いてる西野アンチはいるだろうけど
観たけど感動できないってのはいい歳して独身で今まで親からも愛情を受けなかった可哀想なやつらだろ
0631 名無しさん@恐縮です 2020/12/26 01:06:20
>>625
この映画で感動したと言ってる人達が
揃いも揃ってみんな異様に攻撃的で
他人をやたら蔑んでるのなんなん?w
I
0632 名無しさん@恐縮です 2020/12/26 01:07:
>>625
可哀想なのはこんな書き込みする君の子供だよ とあるゲームのスレで「このゲームの正しい楽しみ方」について主観で殴り合ってる人達がいて興味深かった
最終的に人格否定にまで発展していた まあ一理はあるかな。結局は全てがリアル化したというか
188 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW eb5f-GVD+) :2020/12/23(水) 23:30:56.89 ID:PuIO/gIA0
俺らの頃はまだ二次元やらネットに逃避できてたよな
今じゃリアルとネットの垣根が無くなり、逃げ場がなくなった
どこにいっても勝ち負け思考でマウンティングを取られ負け組の烙印を押される
親もそっち側ならもうこの世には敵しかいない
絶望して自殺するのも頷ける
むしろその歳でその判断、実行ができるのは有能な人材であるのに、勿体ないとしか言いようがないが
ある意味正解だろうな
長く生きても、終わった国で俺らみたいな卑屈な人生歩むだけだからな 数年前に中学二年生の女子が「楽しいまま終わりにしたい」という遺書を残して自殺した事件があった
若くして色々悟ったのかな、賢者だな >>8
いっしょに苦労したいと思う人と出会えなかったんだね。 >>6
まあそのレベルなら微笑ましい気もするけどねw
ゲームじゃないけど、今個人的に楽しみなのはエヴァンゲリオンに絡めて何か批評的問題を
引き出せるか。そこまでガチの意味じゃなくね
コロナヤバイけど… シンギュラリティスレから興味深いのでコピペ
しかし強力なスレだなあそこ
申し訳ない気がして宣伝もできないw
カナダのマギル大学の研究チームは、孤独だと感じている人たちと感じていない人たちの脳を比較し、
その違いを検証した。孤独を感じている人はそうでない人と比べ、想像を司る脳の部分が発達し、
その部分の灰白質も厚くなっていることが分かった。
孤独を感じている人たちは、「思い出にふける」「将来を計画する」「他の人のことを考えたり想像したりする」
といったことに関連する脳の部分である「デフォルト・ネットワーク」が密接につながっており、
その部分の灰白質も厚いことが分かった。
その理由として研究チームは、孤独な人たちが、想像力を使って過去の出来事を思い出したり、
将来の希望を思い描いたりして、実際の社会的な交流の欠如を補っているからではないかとみている。 あと何だかんだコロコロID変わるねw
確かに通信回線二つあるんだが今日三回は変わってるな >>4
すみません読み落としてました。なるほど。実装との関連性、工学基礎論という意味でも
別に政治哲学でいいのかなとは思いますけどね。分析哲学的(論理分析)な文脈も考えられるので
実装する場合には勿論それは政治工学ということになるでしょう
私のイメージは、ソフトウェア工学と政治アーキテクチャを統合して考えるような感じです
しかし勿論ここでのソフトウェアとはITだけの意味ではなく、社会システム理論一般のレベルですね
ルーマンの場合は物理から階層性を考えて社会システムが科学認識論を生成しループするようなイメージですが
とにかくルーマンに限らず社会システムのソフトウェアという感じです 多分、構造主義や複雑系科学、一般システム理論を並べることで語のオカルト感は緩和されるんじゃないかな
とは思うんですけどね。結局何らかのエージェントやコミュニケーションのシステムで再分配や特定の
目的達成における最適化を考えるわけだから 不幸を削減したければ死ぬしかありません
安楽死合法化にご協力ください
完全自殺マニュアルのキンドル化にご協力ください >>12
デフォルトネットワーク自体は脳が無意識レベルで行う意思や判断の最適化という意味です。
赤ちゃんはこれが形成されておらず、脳がカオス状態なのですが、経験を積んでいくうちに知識や感情が記憶として貯蔵されていき、それを自己内で編集して思考についての合理的な処理がなされるのです。
これは人間が無意識レベルで孤独を忌避の対象と認識してるということになるんでしょうかね。
前向きに考えれば、無意識のうちにそうすることによって精神のバランスを保っているとも言えますけど。 気になったのが、
このような脳の活動パターンが孤独に対しての防御システムだと仮定すると、それが作動すれば孤独を不幸と感じないのか、という事です。
もし不幸と感じないのならば、良い意味で脳は自分に都合の良いシステムだなぁと思います。自己内不幸削減というか。 上記の推論が正しければ、孤独を不幸と感じてしまう人は言い方が悪くて申し訳ないですけど、デフォルトネットワークが未発達ということになりますね。 それならどうすればデフォルトネットワークに孤独への防衛システムを組み込めるか、という話になります。
思考をするとそこに関わる脳内領域が発達するということなので、哲学的な自己内証を行うことで脳をトレーニングすれば良い。
なんかレスが細切れになってしまってすみません。 脳の報酬系をもっと、
ざっくり考えれば良いんじゃない?
脳は、個別のストレスを細かく分類してるようで、
それは本人の理性的、意識的な範囲における認識であって、
孤独のストレスだろうと、
対人関係のストレスだろうと、
肉体的なストレスだろうと、
他の様々なストレスだろうと、
大した差異がないと言うか、
そんな細かい分類したところで、
人間自体がブレるから、
同じ人間に対して
同じ入力をしたところで、
入力をした時期や環境によって、
得られる出力が異なってしまうし、
検証が膨大になりすぎて、どうしようもなくなってしまう。
そこで、ざっくり、
ストレスはストレスでひとまとめにして、
同じと仮定して、
話を進めた方が良いと思うんだけどね。 実際、
孤独のストレス解消は、
他人と触れ合う事のみと認識されがちだけども、
別に、
脳を脳内麻薬で満たせば、
何だって良いわけで、
代償行為によって、
脳のプラスの報酬系を満たしたところで、
やはり、
大した違いが無いという事になる。
つまり、
孤独を不満を満たすのには、
他人と触れ合う必要があるけれども、
孤独のストレスを解消すると言う風に切り替えれば、
別に他人との接触は、
必ずしも必要とされていない。
飲酒やら、何なら、オナニーだって構わない。
(何でオナニーをちょこちょこ出すんだ?と言うと、
この方面は、それを避けない方が話をしやすい部分が出てくるので、
下ネタが苦手な人には申し訳ないが、ちょいちょい出して行くと思う) つまり、
結果的にデフォルト・モード・ネットワークを鍛える事になるのかも知れないけれども、
孤独のストレス解消が
他人と触れ合う事と言う、
脳内の報酬系の回路を、
他人と触れ合う事以外で、
ストレス解消する事に書き換えて行けば、
孤独は、
その人にとって、
不幸では無くなっていくと言う話になってると思われる。 つまり、
孤独を克服するには、
孤独に対する耐性を上げるとか、
脳を鍛えると言う考え方があるんだけども、
別に、
個別のストレスに対して、
個別のストレス耐性を上げたり、
脳を鍛えるんじゃなくて、
ストレスそのものに対する、
ストレス耐性を上げたり、
脳を鍛えたら、
てっとり早いんじゃね?
と言う、考えの方が、
汎用性が高くなるんじゃない? >>21-23
それは>>12の研究結果である脳内領域の発達が、孤独によるストレスがもたらす苦しみの結果なのか、
それとも、思い出に浸る・他者の事を考える等の思考によって苦しみを回避した結果なのかによって判断が分かれますね。
飲酒や自慰による脳内神経伝達物質の分泌は、短期的あるいは瞬間的な逃避行為にしかならず、本質的な不幸削減には繋がらないと考えます。
デフォルト・ネットワークは脳の安静状態を指し示すので、外部刺激に頼らずに不幸を無くせないといけません。
話は戻りますが、>>12が孤独の苦しみを回避した結果だと仮定すると、苦しみを感じてしまう人はそれが出来ない人という事になるので、解決方法としては脳のトレーニングによってデフォルト・ネットワークに関わる脳内領域を発達させる事という結論になると思います。 要は、
デフォルト・モード・ネットワークが、
何なのか?
どう言う機能を持ってるのか?
を、検証とか考察とかしなくても、
ブラックボックスのままでも、
不幸の削減やら、
幸福の増加と言う目的に関しては、
達成可能であると思われるんだけども、
主旨から逸れてるなら、
申し訳ない。 >>26
いえ、主旨からは逸れていません。
寧ろとても貴重な意見だと思います。 >>25
つまり、
代償行為では、
問題を本質的には解決してないから、
それは、欺瞞であると言うか、
偽の幸福であると言う事だと思うんだけども、
SFとかでは、
化学的幸福と言う考え方があって、
これは、
肉体は過酷な状況に置かれていても、
脳は、ドラッグ等によって、
常にハッピーな状態にあると言う、
ディストピアの象徴みたいに扱われてる。 確かに、
化学的幸福は、
ディストピアっぽくはあるんだけども、
これを良く考えてみると、
今の世界は、
肉体や精神が過酷な状態にあって、
脳もストレスいっぱいで、
不幸が溢れている人が多い。
それなら、
化学的幸福によって、
脳だけでも、
常にハッピーであるなら、
本当のディストピアは、
どっちなんだろう?
と言う話になってくる。 逆に言えば、
人間は、
脳が主観的に、
幸福か不幸であるかを感じているだけだから、
客観的な環境がどうであれ、
脳が幸せであること、
その事自体のみが、
本人にとっての幸福であるわけで、
他人から見て、
不幸そうとか、どうとかは、極論してしまえば、
関係ない。
まあ、無論、
禁止薬物やら、肉体的に負荷の高い薬物を乱用するのは、
問題があるから、
他の物を使う必要があるわけだけども、
この化学的幸福のドラッグに変わるものを、
生み出す?事ができれば、
ある意味、
万事?解決なんじゃない?と言う話になる。 議論してるところ横なんだけども、私は基本的には人間関係特に孤独の問題は直接的な再分配しかないと
思ってますね。そういうことの次にVRやBMIなどを利用した幸福感の操作とか、内的な解消策があると
見なすべきです
既成の常識では逆だったんですよね。人間関係の再分配はタブーであり絶対不可能な領域でした まあ、
生活が維持できる環境があって、
肉体が酷使されずに、
健康を維持できると言う、
保証が必要だろうけども、
個別の不幸を、
一個一個、解決していくよりは、
不幸そのもの、
ストレスそのものを解消した方が、
良いんじゃないの?
と言う話になる。
それで、
物質消費に依存する物ではなく、
瞑想による幸福の達成を、
提唱してる訳なんだけども、
まあ、再現性の問題がねあるよね。 瞑想に関しては、
あまりコンセンサスが取れてないかと思うので、
若干、補足すると、
オレは、
エクストリーム系のノーハンドオナニーの一種だと考えてる訳で、
まあ、
通常であれば、
不随意である、
脳内の神経伝達物質の分泌を、
意識的にコントロールする技術と見ている。
つまり、
意識的に、
脳内麻薬を自由に分泌させる技術のことを、
瞑想と呼んでいると、
考えている。 常識からしたら相当大がかりというか、「SF」のような解決策も持ってくるということ
哲学板の批判的な人達はその辺が全く想像できなかったようだ。無理はない >>32
しかし、それができない人のほうが多分多いでしょう
一時的な効果はありそうだが いや、
脳内麻薬を意識的に自由に分泌させるって、
そんな事できるのかよ?
と言う話なんだけども、
これは、
科学的には、
バイオフィードバックコントロールと呼ばれているもので、
通常であれば、
不随意である無意識下のコントロールにある部分を、
意図的にコントロールする
技術というのは、
存在している。
ヨガで、脈拍をコントロールしたりとかは、
珍しいけども、
女優が、トレーニングをすることによって、
自由に泣けたりするのは、
比較的良く聞くと思う。
そしてこれらが
バイオフィードバックコントロールに該当してると考えられる。 つまり、
これらの技術を、
体系化して、
瞑想を簡単に習得できるような、
ノウハウを生み出すことができれば、
世の中の不幸は、
大幅に削減できるんじゃないのかな?
と言う話になる。 そんでまあ、
一人で、瞑想技術の考察やら体系化やらをして、
再現性を高めると言う、
研究を、
気の向いた時に、
適当にやってるので、
大して進んでない。 脳内麻薬については、本来ある程度複雑な人生のメリハリを脳内物質だけの調整で代替できるかは
私はまだ疑わしいと思っている。薬物中毒性の由来というのもその辺のショートカットが難しいせいなのかなと
結局、一見あまりに世界が複雑過ぎるので正攻法による解消に足踏みする人も多いんでしょうけどね
煽り合い、マウンティング、安楽死、そういう狭い選択肢だけの現実よりはSFの実現を目指すほうが
私は楽だと思ってますけどね >>28-30
ハクスリーの「素晴らしい新世界」の世界観ですかね。
それは認識に齟齬があって、>>25に書いた通り、デフォルトネットワークは「脳の安静時」を指し示しているので、麻薬などの外部刺激による逃避行為はそれに該当しないです。
一方、LSDなどの幻覚剤、大麻などによる意識の変容や身体的快楽はストレスに対してポジティブな効果があるのは事実なので、それを全否定はしません。
寧ろ、強力な法の管理体制のもとに「条件付きで」使用を許可しても良いという考え方です。
医療用大麻などはそれに該当しますね。
幸福感は主観的に決定されるので本人が幸福と判断すれば欺瞞ではないと思いますよ。
ただ、飲酒や自慰では効果が弱いって話です。
>>37
瞑想やヨガがデフォルトネットワークを鍛える手段ということですよね。
これは完全に同意です。 まあつまり、
世界中の不幸を、
一つづつ解消していったところで、
追加で発生する不幸の方が多いだろうから、
それなら、
個別の事象は、
申し訳ないが無視して、
根本原因の解消ではなく、
究極の対症療法によって、
全部解決してしまえば良いんじゃないの?
と言う考えになってるよ。 >>37
マインドフルネスより更に進んだ感じだろうか
しかし、世界観としての哲学や世界構築のための科学技術とあくまでも相補的なものになるんじゃないかなあ
期待はしたいけども、現実の報酬系を内的なコントロールに還元しきるのは個人的には懐疑的 >>42
一般的に、
仏教における悟り状態は、
この脳内麻薬を意図的に分泌している
状態のはずなんだけどね。
細かい宗派やら教義によっては違うと、
怒られるかもしれないけれども、
瞑想は、脳をハッキングして、
強制的に脳内麻薬を分泌させる物だと、
見てるよ。 >>41
そのもぐら叩き論はあっさり仰ってるけどw、理論的には必ずしも決着はついていないよね
例えば将棋なんか、負け筋を潰しながら勝ち筋を選択していく必要があるわけでしょ
システムの情報をどれだけ把握しているかでコントロールのレベルは変わってくる
上手く問題解決のバランス取ったら全体の秩序のレベルが上がる可能性は普通にあるわけでね 別スレでも引用したことがあるけれども、
密教には十七清浄句という物があって、
妙適C淨句是菩薩位 - 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である
慾箭C淨句是菩薩位 - 欲望が矢の飛ぶように速く激しく働くのも、清浄なる菩薩の境地である
觸C淨句是菩薩位 - 男女の触れ合いも、清浄なる菩薩の境地である
愛縛C淨句是菩薩位 - 異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である
一切自在主C淨句是菩薩位 - 男女が抱き合って満足し、すべてに自由、すべての主、天にも登るような心持ちになるのも、清浄なる菩薩の境地である
見C淨句是菩薩位 - 欲心を持って異性を見ることも、清浄なる菩薩の境地である
適スC淨句是菩薩位 - 男女交合して、悦なる快感を味わうことも、清浄なる菩薩の境地である
愛C淨句是菩薩位 - 男女の愛も、清浄なる菩薩の境地である
慢C淨句是菩薩位 - 自慢する心も、清浄なる菩薩の境地である
莊嚴C淨句是菩薩位 - ものを飾って喜ぶのも、清浄なる菩薩の境地である
意滋澤C淨句是菩薩位 - 思うにまかせて、心が喜ぶことも、清浄なる菩薩の境地である
光明C淨句是菩薩位 - 満ち足りて、心が輝くことも、清浄なる菩薩の境地である
身樂C淨句是菩薩位 - 身体の楽も、清浄なる菩薩の境地である
色C淨句是菩薩位 - 目の当たりにする色も、清浄なる菩薩の境地である
聲C淨句是菩薩位 - 耳にするもの音も、清浄なる菩薩の境地である
香C淨句是菩薩位 - この世の香りも、清浄なる菩薩の境地である
味C淨句是菩薩位 - 口にする味も、清浄なる菩薩の境地である
菩薩の境地ってのが悟りの境地のことなんだけども、
煩悩を全肯定してて、
セックスも、他の享楽も、
脳的には瞑想(悟り)と同じものでしか無いよと、
説いている様に見える。
まあ、多分、同じものでしか無いよと言ってる
煩悩即菩提(悟り)だからね、即は【すぐに】ではなく【すなわち】なんだと思われる。 >>43
それは結局脳の数理的な比較をしてみないとわからない部分もあるんじゃないかな
例えば、普通に恋愛結婚をして子宝に恵まれた富裕層、恋愛真っ只中の中高生などと僧侶の瞑想状態を
比較するとかね
話としては確かに魅力的なんだけども、個人的にはまだよくわからないという印象 >>38
横槍すまん。面白そうな議論だったもんで。
俺はBMIのエンジニアやってて、瞑想の質を定量化したり、変性意識状態で見ている映像を可視化するアプリなんかを作ろうとしてる。
これは俺の単なる持論だけど、幸福度は利他性と相関が強い気がしている。利己心が強い人間程、孤独に陥りがちで精神的負荷も高いという仮説を持っている。
他人のメリットを考えるか、自分のメリットを優先するのかは、恐らく脳活動を見れば一目瞭然。そこのピンポイントの脳活動をバイオフィードバックで改善するとか、あるいはボランティア活動みたいな古典的な教育プログラムを通じて改善していくってのは、どうだろうか。
もちろん瞑想法の効果測定もBMIで出来るので、それで利他性を高めて幸福度を上げる(ストレスを軽減させる)事も可能になると思ってる。 >>44
うんまあ、
個別の事象の根本原因の解決は、
ほったらかしにすると言う話だからね。
まあ、
心理的には、
納得が行かないかも知れないけれども、
物的消費に基づいた、
欲求の充足というのは、
終わる事がないから、
仮に、
何らかの問題を根本解決できたところで、
人は、
他の不幸を見つけてしまうはずというより、
それ(他の不幸)を煽る様な、
社会になってると言う問題もあるよ。 つまり、
人間の生活環境というのは、
ここ数十年で、
圧倒的に向上したと考えられる訳だけども、
(敗戦から立ち上がった日本は特に)
それで、
昔よりも、
不幸な人が減ったのか?と言うと、
昔と変わらず、
不幸な人は多いままで、
コレはなぜかと言うと、
まあ、消費が重要な社会が、
よりコストの高い、
幸福の充足手段の方が、
より多くの幸福を得られると、
煽り続けてるせいで、
起きていると考えられるんだよね。
要は、
金融資本主義社会は、消費至上主義になってしまうので、
物質的、金銭的
コスパの悪い幸福の達成手段が、
より多くの幸福を得られると、
(ある意味というか普通に嘘なんだが)
煽り続けてるので、不幸は生み出され続けていく。 >>47
その瞑想の効果測定というのはもう少し具体的にはどうやって行うんですか? つまり、
日常生活であれば、
軽で十分なのに、
軽に乗ってる奴は〜とか、
バッグなんて、
紙袋でも十分なのに、
何百万もするブランドバッグを商品化して、
マウントが取れる様に、
煽りあいが、
増幅するように
しなければならない、
社会になってしまっている。
つまり、
生活環境やら収入が改善したところで、
人は別の不幸を煽られて、
見つけてしまう可能性が高い。 >>49
仰ってることは理解できます
私の考えは、多分あなたとある意味で似てる部分があって、金銭に限らず現代で大体比較対象になるような
幸福の基準はある程度限定されるというもの
それは能力だったり容姿だったり人間関係だったり
だったら未来的な科学技術を使ってそこの格差を解消しにいくのが有効だろうと 要はピンポイントに核心部分を攻めたら問題を攻略できるんじゃないかって考えは似てるかもしれない、
ということ >>50
瞑想状態そのものを指標にするのか、
心理的ストレスの軽減をモニタするのかで、
色々と違った方法があると思う。
例えば側坐核とか扁桃体の活動をモニタすれば快不快の状態が分かる。
人とか出来事(エピソード記憶)とそれらの快不快情報が同期すれば、
それがいい思い出なのか、ストレスなのか判定できる。
鬱病のバイオマーカーになる脳活動とかもfMRIである程度分かってるので、
(調べれば論文とか出てくると思う)
そういうのを使えば、瞑想法がどれだけストレス軽減に寄与してるのか判定できる。
ひとまずここまででアップしよう つまり、
人間は、社会制度的にも、
経済的な仕組み的にも、
物質的、金銭的消費に対して、
強く依存する様に
半ば強制されてる訳なんだけども、
こんな物は、
有限の物質依存を続けている限りは、
奪い合いが常に発生して、
どこかで不幸が生まれてしまう。
そこで、
物質的な消費をほとんど伴わない、
精神的な活動のみでの、
報酬系の充足ができるものを
簡単に再現できるようになれば、
つまり、
物質依存から脱却できれば、
資本主義の狂騒やら、
世の中の不幸は収まっていくと思われる。 まあ、要は、
例として上げると、
叩かれるかも知れないけれども、
容姿に不満を持ってる人が、
整形によって、
修正したとしても、
それによって幸福になるのか?と言うと、
一時的には、
そうなるかも知れないけれども、
結局は、
別の不満を見つけて、
整形を繰り返してしまうようなもので、
個別の不幸や不満を解消することは、
その人にとっては、
非常に重要な事であるのは間違いないんだけども、
個別の問題を解決することは、
根本解決につながってるようで、
実際は、
問題の再生産を繰り返してるだけなんじゃないの?
と言う話にもなってる。
まあ、
煽る社会が悪いと言う話なんだろうけども、、、 >>50
瞑想状態のモニタはもうちょっと奥が深いかも知れない。
瞑想にも何段階かあるはずなので。
まず雑念が湧いてる状態は言語野とか視覚野とか海馬とか前頭葉を
モニタすれば一瞬で判別出来る。
次に例えばヴィパッサナー瞑想でやるような繊細な身体感覚に注意を向けるのも、
体性感覚野をモニタして、(脳にマッピングされた身体感覚をホムンクルスと呼ぶんだけど)
そのホムンクルスが実際の肉体の境界よりも広がる感覚だとか、線のように感じられる感覚だとか、
身体全体が球体のように感じられる感覚も検出できる。
他の瞑想状態として一瞬の間にたくさんのイメージが頭に浮かんだり、
頭の中で勝手に言語や思考が高速で展開される状態も、それぞれの領野を見れば分かる。
後はクンダリーニ・ヨーガであるとされる腰の辺りの振動も同じく体性感覚野から分かる。
幽体離脱している時の遠隔視も視覚野をデコードすれば映像化出来る。 まあ、
肝心の瞑想の再現性の問題に関しては、
洗脳という概念を共有しないと、
通じないんだろうけれども、
オレの言ってる、
洗脳という言葉は、
脳内報酬系の回路の書き換えの事を言っていて、
依存対象の変更やら書き換えの事を言っている。
つまり、
脳は特定の入力に対して、特定の出力を返す訳なんだけども、
この入力の部分に関しては、
ハッキリ言えば、
ほぼ無制限に書き換えが可能になっている。
つまり、
脳内麻薬を分泌するためのトリガーの条件設定は、
自由になっていて、
後天的に書き換えが可能になっている。
極論すれば、
呼吸するだけで、幸せみたいな、
無茶な設定も可能になってる。
まあ、書き換え自体は簡単じゃないんだけども、、、
その辺りに関しては、また次回ということで >>54
なるほど
この一連の議論でポイントになるのは、鶏と卵の問題じゃないけど、内面をチューニングしたら充足するのか、
それとも内面をチューニングして利他性などが増幅すれば充足・因果応報共に全体が改善するのか、
それとももっと「内面コントロール外」的な再分配がやはり必要なのか
私1がメインで考えているのは、まあそれが一番難しいからというのもあるんだけど、
内面だけでコントロールできない、ナノテクノロジーを含めた科学技術やITを統合しないと攻略できない領域
ただ、BMIなんかは制御やネットワークを含め、どの程度認知に介入するかで大分可能性が変わってくるので
外面や内面のコントロールバランス・均衡を幸福工学としてどう探っていくのかが思想的な課題ではあると思う >>58
私は就寝事実に部屋を真っ暗にして布団に包まるとなんともいえない幸福感に満たされて変な歌を歌ったりするのですが、これは間違いなく脳内麻薬が分泌されてると自己分析していますよ。 >>57
>>58
御両人興味深いです。よく言うんですけど、チャットではないのでw、いつでもお好きな時にまたお願いします
BMIで何処までコントロールできるか、すべきか、という問題などもあまり整理できていないので
また、先の興味深い議論句点さんもありがとうございます >>63
確かに。瞑想でもBMIでも、認知科学、計算論的神経科学や政治哲学を直接関連付ける議論は
まだまだ新しいから、非常に重要になるんじゃないかと思う >>59
基本的には内面のチューニングが全てじゃないかと思っている。
これは俺の持論ではなく、ブッダとか他のヨガの熟達者達の単なる受け売りなんだけど。
ヴィパッサナーなんかでは瞑想中の身体感覚が宇宙の全てだと教えてる。
もし仮に身体感覚(あるいは感覚を生み出すニューロンの微細構造)と
外界とが何らかの量子力学的な機序でカップリングしているなら、
瞑想状態でも宇宙の全ての時空間にアクセス可能になるはず。
幽体離脱とか遠隔視とか念力とかはまさにそれなんだけどね。
もちろんヨガをマスターした人じゃないとそんな能力は開花しないと言われているので、
その真偽は今の俺には確かめようがない。
ただもし本当にそういう事があったとしても、
既知の物理法則の範疇で十分に説明できると俺は思ってる。
BMIは人類の進化を加速させたり、幸福を増大させたり出来る素晴らしいツールではある。
そこに疑いはない。けれども、道具はあくまで道具でしかない。
俺は自然法則をパクって人間の浅知恵で作った道具よりも、
DNAとか細胞とか脳という自然物そのものが持っている潜在能力の方が遥かに大きいと思う。
ジェイルブレイクしないと開放されない隠れ機能をたくさん持っている。
それは通常の細胞に遺伝子導入してiPS細胞化させるような感じ。
全ての細胞が本来全能性を持っているのに、その機能には蓋がされている。
ヨガの修行はそういう脳の潜在能力のロックを解除するハッキング法みたいなものだと思ってる。 >>62
基本ずっと家にこもってコーディング/デバッグしながらたまに巡回してるんで、
一緒に議論できる人達がいてくれて嬉しいです。掲示板は過疎化が進んでるって聞いてたので。
原子レベルだと厳しいですが、単一細胞のレベルであればBMIでかなりの事が出来るようになります。
今一番懸念しているのは、呼吸中枢とか心拍の中枢へのサイバー攻撃です。
BMIデバイスのハッキングツールが出回ってしまうと、
公開されたAPIからSAOみたいな殺人アプリが簡単に作れてしまうので。 >>59
このスレの前の議論を全部追えてないんで、基本的過ぎる質問かもしれないけど、
不幸のそもそもの原因は何にあると思う?
例えば経済格差とか、産まれてくる環境の格差とか、
人間関係のスキルの格差とか、遺伝的な能力・身体的特徴の格差とか?
例えばベーシックインカムなり、衣食住を生産する自動化技術を導入したら
これらの不幸は多少なりとも削減される?
衣食住が充足してるとして、それでも不幸を感じるとすれば、
それは孤独だったり、より多く持てる者への嫉妬だったりする?
そういった不幸をテクノロジなり思想なりで削減しようとしてる感じ? >>67
ちょうどこっちも質問しようと思ってましたw 恐らく電脳化スレの方ですよね
えーと肩肘張らず大雑把に説明させていただきますが
大体のイメージとしては少なくとも二つ言えて、まず一つはAIと大乗仏教を合わせたらどういうシステムに
なるかな、という事。弱者を救うみたいな発想は貧困や障害者、フェミニズムとかに偏っていて、
例えば引きこもり、中年男性の孤独や性的弱者みたいなものは実質的に軽視されている
引きこもりなんかは政策の対象にもなったりするが、共感に欠けた扱いになっている
こういう偏りを解消するには不幸全般をコンセプトに入れてしまったほうが良い
但し、不幸っていうのをあんまりガチガチに先天的に決めるというより、言語分析やデータ学習の文脈と
セットで非線形なものとして扱いたいとも考える
例えば変な例だが、性格が悪い人が大金を持つと必ずしも良い事にならない可能性があるけど、
もし容姿も性格も良かったらもうちょい人生の効率が上がりそうに見える。いわゆる収穫逓増の法則
そういう何らかのコアなパターン効率的に攻めたら、世界の過ごしやすさもトータルで良くなるだろうと もう一つのイメージというのはさっきのコアなパターンを攻めるという話にも関係するんだけど、
特殊な例外を抜いたら大体幸福や不幸を決めるパラメータって実はそんなに複雑じゃないだろうという
仮説ですね。これは学習の理論でいうといわゆるデータ圧縮の部分に関係する
そういうものをITや物質科学など、使えるものは何でも使って攻略したいという感じ
そういう考え方をするメリットとしては、無際限な欲望肥大化とトランスヒューマニズムの結合に一旦
ブレーキを引けないか、という部分がある。左派加速主義といっても、節度や妥当な均衡をまず現実的な
格差是正や不幸解消に求めるべきだろうと
不幸解消というコンセプトが自明に見えるという批判はたまにあったんだけど、実際には価値現象一般とか
その定量化、それを巡る抽象的なパターンっていうのは全然自明じゃないから簡単でもない、という感じ
ここまでの話として、具体的に考えたら確かに大体>>67みたいな話になるのかな、と
ただ改めて、予めあまりガチガチに不幸の所在を決めつけはしない。しかし人間レベルのパターンはある程度
の範疇に決まってもいるだろうとも考える
とまあこんな感じでしょうか。価値一般をどう扱うか、具体的に物理をどういう理論で考えるかはまた
別のより基本的な方法論で考えていますが、応用編・政治哲学としてはそういう枠組みですね >>68は訂正なんだけど、容姿も性格も良かったらというのは前のケースとは違って大金が無くても、
という意味で。つまり、どういうパターンを組み合わせたら人生や社会は良くなるかという効率の話ですね 細かいけど
ブレーキを引けないか→ブレーキをかけられないか
に訂正 あともう一つ昨日の流れについて軽く私見を述べると、煩悩をBMIで制御しちゃったら簡単なわけでしょう
でもそれが倫理的に「ロボトミー的去勢」の類似なのかどうか、というのが私にはまだよくわからない
内面優位のアプローチも考慮するに値するだろうが、素朴な再分配を断念すべきだとはあまり思わない あと更に適当に書き足してすみませんが、BIや衣食住が満たされたとしても
プライベートクオリティの格差は大して解消されないと考えますね
だからBMIの文脈でも一部の人々が考えるように、能力格差の是正はあくまで保持すべき目標だと思う >>68
あ、そうです。電脳化スレ立てました。
大乗仏教的な考え方を受け入れるとしたら、その源流であるブッダの教えにもある、
カルマ(因果応報)とか輪廻転生も前提にしなければいけないと思うんだけど、その辺はどうなんだろ? >>72
素朴な再分配ってのが具体的に何を表しているのか良く分からんかった。すんません。 >>68
不幸削減主義を進めるに当たって、ひとまず不幸の定義は(後から変わるとしても)
何かしら決めておかないと、問題の解決法も見いだせないんではないだろうか。
まず問題を定義しないと、解決法なんて提案できないからね。
的外れな意見だったら申し訳ない。
まあメタ的に問題を定義する事が最初の問題と言ってもいいのかも知れないが。 >>76
これに関連する話としては、仏教の中心教義と言っても差し支えない四諦八正道よね。
ブッダが説いた4つの真理と言われる。
1. そもそも人生はクソゲー。
現世に生まれる事は苦しみの連続である。生きる事、老いる事、病気、死その全てが苦。
(で、それらの苦しみは魂の成長にとって必要なもの)
2.3. 苦しみの原因は欲にある。欲をなくせば苦しみも消える。
4. 欲をなくし、苦しみをなくす方法は八正道(正しい生き方や言葉)である。
例えば嘘をつかない、陰口、悪口を言わない。生き物を殺さない、殺させない。
セクハラ・モラハラ・パワハラなどで人を傷付けない。
なので、基本的には自分の欲求に従った行動・言動によって、
他人や他の命を傷付けない事が、苦しみ(不幸)を取り除く方法だって言ってるんよね。
この大原則は時代に関係なく普遍的に成立するんじゃないかなと思ってる。
>>77
なので病気や死そのものが不幸なのではなくて、
健康な肉体をいつまでも維持したいという執着(欲)があると、
それを手放せなくなるので、苦しみが生まれるって考え方なんよね。
お金とか容姿とか能力・権力、他人からの愛情も全部そうで、
それらの欠乏が人を不幸にするのではなくて、
そう言った本来価値のないもの、死んだら消えるもの、永遠でないもの、
プラトン的イデアではないものに対する執着が捨てられないと、
それらは全て自分自身に苦しみとなって返ってくる、
っていうフレームワークなんよね、仏教って。
まあもちろん、これは理論であって、ブッダのレベルで実践するのが難しいから、
仏教の中でも派閥や対立が生まれてしまうんだけどね。
なので四諦八正道をどれだけ理論に近いかたちで実践できているかっていう
定量的な指標をBMIを使ってモニタするとかはありなんじゃないかと思う。
怒りとか執着とかをモニタするって意味でね。
個人的には、不幸を削減する戦略そのものは、
もう何千年も前に発明されていて、
ただ物質主義・経済主義に染まった現代人には
その実践法がレベルが高すぎるって話だと思ってる。
なのでそこはテクノロジがサポートできる余地が残ってるかなと。 どこでだったか忘れたけれど、仏教を信じる国は元気が無くなるので侵略されてしまう
みたいな事を言ってる人がいたけれど、
そうかもしれないなと思えて来た。 >>77
こいつやたら説法押し付けてくるなって誤解されない為に付け加えておくけど、
俺自身は仏教のどの宗派にも属してないし、特定の宗教の神を祀ることももない。
定義上は多分無神論者だと思う。自然法則を神と呼んでも差し支えないとは思うけど。
まあ敢えて言うなら電脳化したヨガ行者だね。 >>79
まあそうだろうね。ブッダが皇太子として産まれた国は、
その代で侵略されて消えてるからね。 >>81
外国の侵略より前に環境が厳しくても生き残るために強烈な欲望が必要だったと思う。 まず仏教自体がインドのあの辺じゃあまり流行らないまま
戦争が起きて避難した仏教徒が中国に伝えたって流れなんやけど
お前らイメージで話してるよな? >>29
ディストピアっぽいとかじゃなくてそれ現実に行われたホモへの投薬とかと変わらんのやけど
お前ら見てると歴史上の政府やら学者もどきやらがどう考えても馬鹿な政策を実行に移した理由がよくわかるわ >>75
内面=心だけでなく足りないもの、精神的飢餓の要因になっているものが素朴なオブジェクトですね
それはむしろ人生に苦しんでるような人達がデータとして吐き出してくれるものですよ
スペックが、健康が、愛があればとかね
内面も外面も両方再分配の対象にすべきだと思ってます
>>76について言えば、価値や幸福、不幸は抽象化して評価すべきというのが理論的な立場で、
大体の定義はあります。しかし凄く抽象的な定義です
具体的なレベルから見たら先天的に決めつけないという感じになります
例えばベクトルやニューラルネットの重みを考えてみてください。具体と抽象を結び付ける価値理論を
考えてそれを使うということです >>78
あーなるほど、それは私の考えとは違いますw
仏教理論でもちょっと違う所を使います
確かに仏教は悟りを最終形態と考えますが、私の言う大乗はそういう意味合いではない
全てが仏教に類似しますがあくまで類似であってコピーとは違います
個人的には私は内面充足や悟りのダウンロードみたいなものはオプションにすれば良いと思ってます BMIの方の大まかな思想スタンスは理解しました
私の考える不幸削減というのは、あくまで「まずは」世俗や即物のレベルの再分配なので、
本質的には見えないのかもしれません
しかしこの「まずは」が私なりの拘りですかね。皆が解脱するみたいな世界はその後に考えたら
良いと言う立場 要するに、あくまでまずは進化の歴史や資本主義に対応するような、ある意味で西洋的というか
唯物論的なレベルで問題解決システムを考えたいんですよね
仏教と密に関連するとは言え、完全な解脱とは違います。仏教主義者の人からしたら
低レベルかもしれないが、私からしたら現実の歴史により近く沿った実在論を採用しているつもりです また言い換えれば、西洋的な唯物論と仏教的な世界観の一定の調和を図りたいとも言えます
客観的に、少なくとも既成の政治理論や思想よりは上手くやれると感じていますね >>82
普通の人は皆そうです。生きる事が最優先。 >>83
インドにはもともバラモン教がありますからね。
戦争(侵略)で釈迦族が滅ぼされたのは、コーサラ国王との政略結婚で血統を偽ったからです。
この話は仏の顔も三度までという言葉の語源にもなっています。 >>87
なるほど、目指すところは何となく見えてきた。
素朴な再分配ってのと、世俗や即物のレベルの再分配ってのは同じ意味と考えていいのかな?
つまり肉体的な健康とか、容姿とか、パートナーシップの格差をなくすって事だと
理解したのだけれど、そんな感じであってる? 容姿や健康の再分配ってトランスヒューマニズムを連想させます。 >>92
その方向性で進めようとすると、
(エンジニアなので思想的・フレームワーク的というよりも
技術的・具体的な解決案になってしまうのだけれど)
経済格差はベーシックインカムとか自動化技術で何とかなるかもしれない。
知能格差は確かにBMIの出番で、脳とCPUを繋いだら
記憶力とか専門スキルを増強できるかもしれない。
容姿とか体型に関しては、整形とかダイエット法などの肉体改造法が既にあるよね。
ちなみにBMIで満腹中枢を半年くらい刺激し続ければ健康に痩せられると思うよ。
まあ病気に関しては再生医療とか人工臓器に期待するか、
これもBMIで精巧なヒューマノイドロボットに繋げるとかしかないんじゃないだろうか。
まあ肉体を捨てて全て仮想世界の中で完結させるっていう手段もあるけど >>93
BMIとかシンギュラリティとかトランスヒューマニズムって今はまだ同義だよ。
今後各論的に分かれていくかも知れないけど。
基本的には人類のホモ・デウス化よね。 例えば、日本には腎不全で人口透析を余儀なくされて著しくQOLが低下してしまっている方々が30万人以上おられますが、IPS細胞による腎臓再生医療が実現すれば、この方々の不幸を削減できますね。 >>92
そうですね。普通に人間のコミュニケーションでやり取りされている価値対象を、「拝金主義や消費主義は
恐らく過剰と見なした上で」扱うという事です
こちらからは三つ、あまり面白い質問ではないけど後でレスします 1:利己性と利他性を見分ける仕組みについては大体検討がついているのか?
例えば細かい例だと、歩きタバコをする、またそこそこの混雑率の電車に座席が三つあるシートがあった場合、
自分が座り大きく足を組みながら隣の席に荷物を置く
そういう場合には自分と他者の間の価値の認知の対称性が壊れているとも見れる
価値と個体の発火トポロジーが利己性や利他性に関わる。そういう仕組みに似ているのかどうか?
これは例えば、神経回路だと自分の利益は究極的には他者や組織への奉仕と繋がっているというある意味
「自己啓発的」な認知システムだとまた話がもう少し一般的になるように見える
すなわち、自分の利益と他者や組織の利益が結び付いている 暴力などの犯罪行為はどうでしょうかね。
これは脳神経科学でかなりのレベルまでいけると思うんですけど、重要なのは「予防」であって、いかに事前に防ぐかが課題になるかと思います。
そのとき、どのレベルまでの介入が社会的に許容されるのか。
例えば、健康診断の項目に脳検査を義務付けて、
前頭前皮質の神経活動が劣っている人には治療を受けさせるとか。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています