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城田憲子
2006年3月、日本スケート連盟の不正会計問題が朝日新聞にスクープされ、
規定にない「通信費、運営費」を受け取っていたとして、4月に城田を含む8人の理事が
引責辞任する運びとなった[7]。以後、日本スケート連盟からの要請により活動を自粛していた。

2009年2月、村主章枝と織田信成の要請を受けたフィギュア委員長の提案により、
日本スケート連盟の活動に復帰した[9]。
失脚以前のような強大な権限は有していないとみられている[9]。