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 5人に3人が65歳以上のこの村では、60代でも「若い衆」と言われる。

 住民からは、困りごととか、不便さとか、そうした不満を聴くことはあまりなかった。それは役場の2人の言った通りだったが、一方、将来への不安をたくさん耳にした。

 帰るべき場所が失われるのではないか。インフラや財政が成り立たなくなるのではないか。村で生きていけなくなるのではないか。

 故郷の喪失。

 村が建てたケアハウスで暮らす笠原佳年さん(98)は毎朝5分間、6畳ほどの部屋の窓を開け、外を眺める。

 道を歩く人の姿は、ほぼ見えない。草木が生い茂る山、荒れる畑、増える墓を見て、思う。

 村は10年後、どうなっているだろう。ひとの力ではどうにもならないだろう。

 新聞のおくやみ欄を見て、「きょうは知り合いはいなかった」とほっとする日々。「川の流れをせきとめられないように、世の中の流れ、時代の流れは止められないんだねえ」

 笠原さんも、息子3人に「いつか帰って」とは言えないという。「にぎやかだった村には戻らないし、生活が大変でしょう」

 趣味は川柳。一番の自信作には、蛍光ペンでピンクの線が引いてあった。

 《今日生きて 今日の若さは 戻らない》

 自らの人生のようにも、村のありようのようにも思えた。(藤原学思、撮影=小玉重隆)
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朝日新聞社


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最終更新:1/15(火) 19:06
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