私は四条畷高校から京都帝国大学法学部卒で、高等文官試験(私の時代は高文と言った)に受かり

内務省に入省し、第二次岸改造内閣で労働大臣まで行き転勤を命じられたが、親の介護で転勤できず、辞めることにした。

能力競争で生きて来た人間には、昇格転勤拒否は窓際族同様なので、潔く後輩に道を譲る気になり退省した。
天下り先も沢山あったが、退職金もそこそこあったし、妻が介護職をしていたので、誇りは捨て

ヘルパー2級から始めた。初めは身体にきつかったのを覚えてますわ。
60歳近くになり、今は競争は無いし、ゆっくりとプラン作りで楽しんでます。

正直に答えてますので、「ネタ」とは言わないでね。