一度も間違わずに何かをなすことのできる者は稀
(というより、いないだろう)
だが、それは間違いを正当化する理由にはならんだろう

これまでもどこかしら間違いがあって改定を繰り返してきたわけで、
自分は間違えているかもしれない、と謙虚にはなれないものだろうか