天理王命の神名は、中山みきの神名であり、みきは神名を名乗れていません。
天の将軍であり、大神宮であると告げて、50年後に納得させるという予言です。

 学問的に見れば天理教は存在したのは、天理教会設立以後で、
 神名天理王命すら、生前中の中山みきには事実としてないのです。

 天理教の立教の宣言と言うのは、実際は、50年後の予言であり、二代真柱は、

応法のレトリックで、天保9年立教だと、信じ込ませましたが、冷静に見れば、
 少なくとも天理教の立教は扉を開いた以後で、みきが神になった日がその日です。

天理教の立教は明治20年陰暦正月26日です。