>>570
森 重文先生
下記
”大学時代は全問正解しても80点しかくれない教授の試験で120点を取り続けた[6][信頼性要検証]”
”出典
6^ 『三条南ロータリークラブ週報」第2144号、2015年1月19日 (PDF) 会長挨拶、1-2頁。”
これ くさいねw (^^;

だが
『大学への数学』の学力コンテスト のエピソードは 信頼できるだろう

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E9%87%8D%E6%96%87
森 重文(もり しげふみ、1951年〈昭和26年〉2月23日[1] - )は、日本の数学者。京都大学名誉教授。学位は理学博士(京都大学・1978年)。

人物
日本を震撼させた東大安田講堂攻防戦の直後となった1969年の東京大学入学試験は、当時の佐藤内閣政治的判断と行政指導により中止されてしまった。このため森は仕方なく京都大学に進んだ[1]。フィールズ賞を受賞した時、『科学朝日』誌は「あのとき東大に進んでいたらフィールズ賞受賞はなかっただろう」とこれを報じている[要文献特定詳細情報]。
大学時代は全問正解しても80点しかくれない教授の試験で120点を取り続けた[6][信頼性要検証]。
大学受験数学雑誌『大学への数学』の学力コンテストで1年間ほぼ連続満点[7]を続けた伝説の人となり、編集部が森の答案を楽しみにしていた[要出典]。
高校の時に大学の内容を進んで学んでいたりはしていなかった。大学での数学に触れたのは大学に入ってからである[1]。
広中平祐は「自分は鈍才だが、森君は天才」という[8]。
謙虚な人柄で、「3次元代数多様体における極小モデルの存在証明」のテーマで同賞を受賞したことについて「応用がものすごく広がったが、私が貢献したのはごく一部。周りの皆さんのおかげ」という[9]。

出典
6^ 『三条南ロータリークラブ週報」第2144号、2015年1月19日 (PDF) 会長挨拶、1-2頁。