>>648
つづき

動機
ベクトル空間においては、スカラーの全体は体を成し、ベクトルに対して分配律などの特定の条件を満足するスカラー乗法によって作用している。環上の加群においては、スカラーの全体は環であればよく、その意味で環上の加群の概念は重大な一般化になっている。可換環論における重要な概念であるイデアルおよび剰余環は、いずれも環上の加群とみることができ、イデアルや剰余環に関するさまざまな議論を加群の言葉によって統一的に扱うことができるようになる。非可換環論では、イデアルの(作用の入る向きとして)左右を区別するし、環上の加群においてもそれはより顕著になることだが、しかしさまざまに重要な環論的議論において片側(大抵は左)からの作用に関するものだけを条件として提示することが行われる。

加群の理論のおおくは、ベクトル空間のもつ好ましい性質が、単項イデアル環のような「素性のよい」(well-behaved) 環上の加群の領域でどれだけたくさん存在するかというような議論からなるが、しかしながら環上の加群はベクトル空間に比べてかなり複雑である。たとえばどんな加群でも基底を持つわけではないし、基底を持つ(自由加群と呼ばれる)加群であっても基礎環(係数環)が不変基底数条件を満足しないならば階数も一意ではない。これはベクトル空間が(選択公理を仮定すれば)常に基底を持ち、基底の濃度が常に一定となることと対照的である。

表現論との関係
M を左 R-加群とすると、R の元 r の作用が x を rx へ(右加群の場合は xr へ)うつす写像として定まり、その写像はアーベル群 (M, +) 上の群の自己準同型となる必要がある。EndZ(M) で表される、M の群自己準同型の全体は、加法と合成に関して環となるが、R の元 r にその作用を対応させることにより、R から EndZ(M) への環準同型が定義される。

このような環準同型 R → EndZ(M) は M における R の表現 (representation) と呼ばれる。左 R-加群を定義するもう一つの同値な方法は、アーベル群 M にその上の環 R の表現を考えることである。

つづく