辻褄合わせの算数の代表としてオイラーがいます
もしオイラーのようなものの数学を支持するのであれば
それを美しいと呼べばよいと思う
現代数学で層という概念を生み出したところで
関数によるぐちゃぐちゃな辻褄合わせの算数の現実は変わりませんでした
僕も辻褄合わせの算数をしているだけだとセミナーで言われたことがあります
これから算数の文章題のように数学は国語の問題にするべきなのか
どうかが問われています