現代数学の系譜11 ガロア理論を読む21 [無断転載禁止]©2ch.net
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コピペノ ゲイフウニ キレガ ナイナ ウンエイ オツ >>512 つづき https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E9%96%A2%E6%95%B0_ (%E5%A4%9A%E4%BD%93%E7%90%86%E8%AB%96) グリーン関数 (多体理論) (抜粋) 多体理論においてグリーン関数(グリーンかんすう、英: Green's function, Green function)とは、相関関数と同じ意味で用いられ、特に場の演算子や生成消滅演算子についての相関関数を意味する。 この名前は数学における非同次な微分方程式を解くために用いられるグリーン関数に由来しているが、多体理論におけるものと数学におけるものとは大まかにだけ関係している。 微分演算子を線型演算子 L と見て、微分方程式 Lφ = ?ρ を解きたいとき、一種の逆演算子 L?1 を求めることができれば、φ = ?L?1ρ というように微分方程式を解くことができる。 これは線型代数における連立方程式において、係数行列の逆行列を求めることができれば連立方程式を解くことができることと対応している。このような L?1 をグリーン演算子 (Green's operator, Green operator) という。グリーン演算子を行列表示したときの行列要素をグリーン関数という。 このようにグリーン関数を抽象的な演算子と考えて取り扱うことには次のような利点がある。 微分演算子や積分演算子だけでなく、第二量子化のような抽象的な演算子を用いた理論に対してもそのまま用いられる 複雑な関係式を簡潔に見通しよく書ける場合があり、一般的な性質の議論を見通し良く行える 抽象的なグリーン演算子は、第二量子化された理論でも適用できる。それは定常的シュレーディンガー方程式においてハミルトニアンを第二量子化における演算子で書かれていると考えるだけである。 しかし場の量子論や物性論においては、このようなシュレーディンガー方程式に対するグリーン関数ではなくて、むしろ場の演算子に対する方程式に関連したものをグリーン関数と名付けて有効に用いている。 それらの方程式は相互作用がない場合は、例えばスカラー場に対してクライン-ゴルドン方程式となるように、既に知られた方程式と同形のものになり、グリーン関数としても同じものとなる。しかし相互作用がある場合は方程式が非線形となり、摂動論的な扱いを除いて、古典的なグリーン関数の理論との対応を失う。[1] >>514 つづき 古典的なグリーン関数 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E9%96%A2%E6%95%B0 グリーン関数 (Green's function) とは、微分方程式や偏微分方程式の解法の一つであるグリーン関数法に現れる関数である。グリーン関数法は、英国の数学者ジョージ・グリーンによって考案された。 下の偏微分方程式の(初期値)境界値問題を例に考える。 ここで、L は微分作用素、Ω は領域であり、領域の境界 Γ は、・・・ 上記の問題に対するグリーン関数 G(x, x′) とは次の条件を満たす関数のことである。 L G ( x , x ′ ) = ? δ ( x ? x ′ ) x ∈ Ω G ( x , x ′ ) = 0 x ∈ Γ 1 ∂ G ( x , x ′ )/∂ n = 0 x ∈ Γ 2 ここに、x′ はソース点の位置を表す。 物理学、数学、工学各分野において非常に重要な関数であり、広い用途で使用される。プロパゲータ、伝播関数と呼ばれることもある。また、無限領域におけるグリーン関数を基本解という。 ただし、境界が単純(無限領域、半無限領域、無限平板領域など)でない場合にはグリーン関数を解析的に求めるのは大変困難である。 物理学におけるグリーン関数 グリーン関数はもともと微分方程式の境界値問題に現れる関数であるが、量子物理学ではこれを拡張して使っている[1]。つまり物理学においてグリーン関数は2通りの意味で扱われている。[2] ・境界値問題における微分方程式の主要解を意味し、与えられた全ての境界条件・初期条件を満足する。 ・ある物理系を構成する個々の状態あいだの相関関数を与える関数として使われ、位置や時間などで指定されたある状態から他の状態への伝達(伝播)の特性を表す。 物理学では、微分方程式を直接解く代わりに、まず単純な点源問題の解であるグリーン関数を求めた後、重ね合わせの原理によって微分方程式の解をグリーン関数を用いて表す。 >>513 どうも。スレ主です。応援ありがとう(^^; 運営さん >>515 つづき ジョージ・グリーン(1793年7月14日 - 1841年3月31日)だから、原論文はδ関数は使っていないんだ 但し、偏微分方程式の境界値問題を解くのに、グリーン関数という通常の関数(例えば解析函数)の範囲に入らない関数を導入した これ、発想の飛躍なんだよね、単なる証明を超えた グリーン関数の導入は、演算子法のヘビサイドの階段函数Yに似た部分があるように思う https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3 (抜粋) ジョージ・グリーン(George Green、1793年7月14日 - 1841年3月31日)は19世紀のイギリスの物理学者、数学者。グリーン関数やグリーンの定理で知られる。 パン屋の息子として生まれ、正規の教育をほとんど受けずに粉挽きの仕事をしながら独学でポテンシャル理論の論文を書いたという経歴の持ち主である。 略歴 数学の才能があったため、8歳からグッドエーカー学院に通うが、1年で退学して父親の家業を手伝う。 1828年、『電磁気理論への数学的解析の応用に関するエッセイ』(An Essay on the Application of Mathematical Analysis to the Theories of Electricity and Magnetism)を発表。 グリーンは1814年に英訳版が出版された、ラプラスの『天体力学』を勉強していたようである。この論文を読んだ数学者のブロムヘッド卿(Sir Edward Bromhead)はグリーンに資金を提供、ケンブリッジ大学から2本、エディンバラ大学から1本論文を出版させる。 1833年、40歳でケンブリッジ大学ゴンヴィル・アンド・キーズ・カレッジに入学。4年後には数学の優等者試験で4位の成績をとる。光学、音響学、水力学について6本の論文を書き、1839年にはフェローとなるが、健康を崩して翌年に故郷へ戻る。 グリーンの死去と共に一旦、その業績は忘れられたが、ケンブリッジ大学の後輩であるケルヴィン卿により論文のコピーが発見され、1850年に発表、グリーンの名は一気に広まった。 (引用おわり) 英語版が詳しい https://en.wikipedia.org/wiki/George_Green_ (mathematician) http://books.google.com/books?id=GwYXAAAAYAAJ Essay on the Application of Mathematical Analysis to the Theories of Electricity and Magnetism, Nottingham, 1828. ┏━┓┏━┓ ┃3 ┃┃ー┃ ┗━┛┗━┛ ∩___∩ /) | ノ ヽ ( i ))) / ● ● | / / | ( _●_) |ノ / キーボードの「3」と「ー」を見ろ 彡、 |∪| ,/ /__ ヽノ /´ (___) / >>517 つづき 以前も紹介したが、オリヴァー・ヘヴィサイド(Oliver Heaviside, 1850年5月18日 - 1925年2月3日)か。そうすると、グリーン関数の方が先なんだね https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89 オリヴァー・ヘヴィサイド(Oliver Heaviside, 1850年5月18日 - 1925年2月3日)はイギリスの電気技師、物理学者、数学者である。幼時に猩紅熱に罹患したことにより難聴となった。正規の大学教育を受けず研究機関にも所属せず、独学で研究を行った。 電気回路におけるインピーダンスの概念の導入、複素数の導入や「ヘヴィサイドの演算子法」といった物理数学の方法を開発するなど、大きな功績を残した。また、インダクタンスやコンダクタンスなど、回路理論用語のいくつかを提唱した。 1884年、ヘヴィサイドは、当時は20の式から構成されていたマクスウェル方程式を、今日知られる4つのベクトル形式の式に直した。 1880年から1887年の間に、ヘヴィサイドは演算子法を発見した。しかし、その解法の導出過程は理論的厳密さを欠いていたため、当初は論議の的となった。 ヘヴィサイドはこの問題について、「数学は実験的科学であり、定義が先にくるわけではない」、「私は消化のプロセスを知らないからといって食事をしないわけではない」という有名な言葉を残している。 1888年、1889年の論文において、チェレンコフ放射に関する研究を行う。この研究を元にフィッツジェラルドはローレンツ収縮を予想した。 電気回路中の電流をモデル化するために、ヘヴィサイドの階段関数を発明した。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E3%81%AE%E9%9A%8E%E6%AE%B5%E9%96%A2%E6%95%B0 ヘヴィサイドの階段関数はディラックのデルタ関数を密度関数とするときの分布関数に相当する。 >>519 つづき ながなが書いてきたが、なにが言いたいかというと >>435 あたり 「★★★『そもそも超関数とは何ぞや?この定義だけしかないのか?⇒佐藤超関数を生む』★★★ という素晴らしい事例を知っています。」 「物理学者は: ★★★『そもそも量子化とは何ぞや?DiracやNeumannだけが正しいのか?⇒経路積分を生む』★★★ という進歩に助けられ、そして数学者はそこからも甚大な贈り物を貰いました。 こういうトライアルは大抵は巧く行きませんが、でもこういう考え方を失ってし まえば『学問は死んでしまう』と思います。こういう事例は歴史上、他にも幾ら でもあるでしょう。」 ということ 偏微分方程式や常微分方程式を解く過程で、1800年代に、従来の関数概念では狭すぎだと ジョージ・グリーンやオリヴァー・ヘヴィサイドは、おれ流を考えた だけど、「それって、数学的証明の裏付けないじゃん」とワイエルシュトラスが言ったかどうか知らないが、言いそうだね 厳密な数学的に裏付けと発想の飛躍。これ車の両輪でしょ。で、¥さんは証明マンセーじゃないだろう。不肖私もだが (証明を重視するという勉強があって良い。それは人それぞれだから。しかし、佐藤幹夫先生は、そっちじゃないだろうね。リーマン派かも。まあ、佐藤Hyperfunctionが誕生する前に、1828年ジョージ・グリーン辺りから助走が始まっているってことも重要だよ) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B9 (抜粋) カール・テオドル・ヴィルヘルム・ワイエルシュトラス(Karl Theodor Wilhelm Weierstras, 1815年10月31日 ? 1897年2月19日)はドイツの数学者である。 年は数学界の権威として尊敬され、ベルリン大学でも多くの聴衆を集めた[1]。 リーマンが直感的方法を好んだのに対してワイエルシュトラスは厳密な解析的手法を好んだとされる[1]。 自称発想の飛躍派(笑)へせっかく一年生レベルの非証明問題出してあげた(>>475 )のにガン無視されたw やはり証明云々は只の逃げ口上でしかなかったw 物理ではグリーン函数とかが沢山出て来ますが、要は基本解の事ですわね。 そやし超関数が関係するんは当たり前であり、昔の人はそういう都合がい い函数モドキが欲しいんは、まあ当たり前ですわ。だからDiracとかSato とかの神の遣いはそういうものの真の姿を見抜く嗅覚が備わった形でこの 世に遣わされたんでしょうね。 そのHeavisideって人は同軸ケーブルの仕組みを見抜いた人でしょ。でも 特許の問題でベル研究所とグチャグチャになって極貧で死んだんだと何処 かに紹介されてましたわ。そんなモンの仕組みなんてMaxwell方程式から アッサリと出そうな気がしますが、でもそういうものじゃないみたいで、 当時は「大西洋横断ケーブルが絶縁破壊で焼けた」とか、そういう騒動が あって混乱してたみたいですね。私はそういう応用系の話は大嫌いですが、 でも『そういう所から生まれる基本的な数学』ってのもアリマスからね。 WKBとかはそういう話みたいだし、そもそもDiracは電気工学の出身だし、 仁科先生も電気工学のご出身だそうですが。 まあ「天才にはそういう下らん事は無関係」っちゅう事ですわ。我が身が 工学部出身で悲しいなんてえのは、まあ凡俗の証拠ですわ。 ¥ 「数学者の発想の飛躍」と「論理誤謬」を区別できないらしいな >>506 補足 >試験関数として、解析関数を選ぶと、双対空間はhyperfunctionになる ああ、これ、佐藤先生の最初のころの論文(下記)で、 「彼の理論はC∞ 函数(無限回可微分函数)の族(D〉,(E)がその出発点になっているが,今もしその代りにCω 函数(実解析函数)の族を出発点にとるならば,既にG.Kotheらも示しているように2)われわれは自然により広汎な函数概念の拡張に導かれるであろう. そしてそれは結局複素解析函数の`境界値'を拡張された‘函数'一この論文で超函数(hyperfunction)と呼ぶものーとみなすことに外ならないのである.」 と書かれていましたね G.Kothe氏の話は知らないが、ゲルファント・シロフの一般化関数の切り口と同じ意味でしょうね しかし、”それは結局複素解析函数の`境界値'を拡張された‘函数'一この論文で超函数(hyperfunction)と呼ぶものーとみなすことに外ならない”と見抜いた佐藤先生 それが、G.Kothe氏との分かれ道だったか。G.Kothe氏はそれ以上つっこまなかったんだろう https://www.jstage.jst.go.jp/article/sugaku1947/10/1/10_1_1/_pdf 超函数の理論 佐藤 幹夫 数学 Vol. 10 1958 (抜粋) 周知のようにL.Schwartzは通常の函数概念を拡張して‘超函数(distribution)'の概念を導入し,解析学の各分野に有用な手段を提供した1). しかしながら,函数概念の拡張として彼の超函数は必ずしも最終的のものではないと考えられる. すなわち,彼の理論はC∞ 函数(無限回可微分函数)の族(D〉,(E)がその出発点になっているが,今もしその代りにCω 函数(実解析函数)の族を出発点にとるならば,既にG.Kotheらも示しているように2)われわれは自然により広汎な函数概念の拡張に導かれるであろう. そしてそれは結局複素解析函数の`境界値'を拡張された‘函数'一この論文で超函数(hyperfunction)と呼ぶものーとみなすことに外ならないのである. L.Schwartzの場合のC∞ という概念が多少ともartificia1であるとすれば,この意味の超函数は解析函数のもつ解析性に直接結びついている点でよりnatura1と言うことができるであろう。 Cω 函数に対してはC∞ 函数の場合の‘1の分解定理,のような技巧が使えないためにいろいろの点でC∞ より立ち入った考察が必要になることも止むを得ない3)。 >>503 戻る https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E8%B6%85%E5%87%BD%E6%95%B0 佐藤超函数はグロタンディークらの先駆的な仕事の上に1958年に佐藤幹夫によって導入された。 (引用おわり) グロタンディークとの関連が見えなかったが、 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sugaku1947/10/1/10_1_1/_pdf 超函数の理論 佐藤 幹夫 数学 Vol. 10 1958 で 註2) このほか,G. Kothe(Crelle,191), A. Grothendieck (Crelle,192), H. G. Tillmann(Math. Z.,59)を参照 せよ。 (引用おわり) ってあるので、A. Grothendieck (Crelle,192) に「グロタンディークらの先駆的な仕事」があるのか >>523 ¥さん、どうも。スレ主です。 >でも『そういう所から生まれる基本的な数学』ってのもアリマスからね。 >WKBとかはそういう話みたいだし、そもそもDiracは電気工学の出身だし、 >仁科先生も電気工学のご出身だそうですが。 ああ、そうなんですか >まあ「天才にはそういう下らん事は無関係」っちゅう事ですわ。我が身が >工学部出身で悲しいなんてえのは、まあ凡俗の証拠ですわ。 まあ、佐藤先生も物理に寄り道したって話でしたよね たしか >>525 >>526 そうそう。勉強したければ『先ず最初にソレを読む』ってのが基本ですわ。 スルメと同じで、最初は固くても、でも何回も何回も読めば、ちゃんと味 がして来ますわ。ソレも『猛烈にドギツイ天才の味』がしますわ。 素晴らしい数学とは『正にコレ』かと。 ¥ 追加:その記事を見ると、同時期にトムがメダルを貰うてますわナ。あの オッサンも割とシツコイ人でしたわ。早く禁煙しなさいって良く叱られま したわ。一流の数学者の奥さんはブスでないとアカンとかも言うてたし。 >>528 いや、彼の場合は「寄り道じゃない」でしょ。だって彼は『自分が興味な い事は絶対にしない人』だから。なので本気だった筈。朝永先生の所で修 行するっていうのは、まあ本気って事ですわ。イジング模型で修士論文を 書いたらしい。(どうしても見たかったので、かつて必死で探したけど、 でも発見出来なかった。) いや、そのクラスの人はですね、『数学と物理の区別なんて無視』ですわ。 だからああなれるんです。彼は人間じゃないので。 ¥ >>523 WKBね 量子力学では頻出だが、歴史を見ると、摂動計算に関する手法で、量子力学以前からあったのか https://ja.wikipedia.org/wiki/WKB%E8%BF%91%E4%BC%BC 物理学、特に量子力学において、WKB近似(-きんじ、英: WKB approximation)、またはWKB法とはシュレディンガー方程式の半古典論的な近似解法の一つ[1][2]。 プランク定数を古典力学と量子力学を結びつける摂動パラメーターとみなした摂動であり、古典力学と量子力学の対応関係を説明する新たな観点を与える。 WKBの名は、量子力学の研究の中で理論の発展に寄与した3人の物理学者ウェンツェル(英語版)(Wentzel)、クラマース(Kramers)、ブリルアン(Brillouin)らの頭文字に因むものである。 なお、応用数学者で地球科学者であるジェフリーズ(Jeffreys)も独自にこの手法を考案し、多くの問題に適用したことから、その名を加え、WKBJ近似とも呼ばれる。 WKB近似は最高階の導関数に摂動パラメーターが乗じられた特異摂動問題を扱う手法の一つであり、シュレディンガー方程式のみならず、より一般的な線形微分方程式の特異摂動問題にも応用される[3]。 歴史 量子力学における近似解法として有名なWKB法であるが、歴史的には量子力学の成立以前から幅広い分野に応用されてきた[4]。 WKB法の端緒は19世紀初頭にフランチェスコ・カルリーニ(英語版)が天体力学の問題に適用したこととされる[5]。 1817年にカルリーニは太陽の周りを運行する天体の楕円軌道について、摂動を行う際に、今日でいうところの古典的に到達可能領域での1次のWKB近似を行った。 その後、1837年にジョゼフ・リウヴィルは、熱伝導の問題を扱う際に、シュレディンガー方程式タイプの2階線形常微分方程式にWKB近似を適用した[6]。 また、1837年にジョージ・グリーンは、緩やかに変化する狭い幅と浅い深さの運河における流体の運動を扱う際に、時間と空間を変数とする偏微分方程式に対して、WKB近似を適用した[7]。 >>511 戻る この話は、過去にも紹介したことがあるかも・・ http://www.st.sophia.ac.jp/lecture/no09.php 第9回 超関数の理論、熱方程式、ディジタル信号処理の数学的基礎付け 吉野邦生(よしの くにお)上智大学理工学部助教授 専門は解析汎関数の理論と応用 (抜粋) さて話を数学に戻しますがタイトルの超関数の理論というのはなんですか? これは量子力学や工学で出てくるディラックのデルタ関数やヘビサイド関数などを数学的にきちんとするために作られたものです。高校生の時に、ある日、新聞を読んでいたら超関数の理論で賞を貰った人の記事が載っていて、興味を持ちました。それまでは音楽ばかりしてたんですけど数学の勉強を突然始めました。 大学に入ったら、絶対に超関数の理論を勉強しようと決めていました。 それで上智大学にしたんですか? いいえ。偶然、合格できたのだと思います。受験勉強は高校3年の1年間だけしかしてませんし、予備校にも行きませんでしたから。ただ、これも、又、偶然なのですが、私が大学2年生のときに、超関数の専門家が東京大学から上智大学に来ました。これは大収穫でした。 又、当時の上智大学数学科は今とは違って、必修科目も少なく自由に勉強する雰囲気があったのでかなり自由にやっていました。物理学科や経済学部の学生もよく数学科の授業に来ていたり、自主ゼミをしたり、友人のゼミに出たり、他大学の院生とゼミをしたり、他大学の授業を(もぐりで)聴講に行ったりと。 私は特殊関数など応用数学みたいなものが好きなので、院生の頃は電気科の授業に出たり、物理学科の授業やゼミに出て量子力学や場の量子論など勝手にやってました。そのころ、電気科の院生の授業に出ていて怒られたことがあります。 数学的に非常に易しいことをやっていたのでノートをとらないで聞いていたら“どうしてノートをとらないんだ”って怒られました。 私のことを怒った先生の名前はここでは伏せますが。(笑)挨拶 >>532 つづき 当時受けた数学科の授業で印象に残っているものありますか? 解析力学の講義ですね。春学期に、古典力学をやり、秋学期に量子力学をするというのでかなり期待してたのですが、秋になったら、担当していた先生がフランスに行ってしまい、授業そのものがなくなってしまいました。 仕方がないので授業の単位取得とは全く関係なく、WKB法とか、ボルン近似を使って散乱断面積の計算とか回転群の表現論を使って角運動量の計算なんかを自分勝手にやってました。Racah係数やClebsh-Gordan係数の計算など大分やった記憶があります。 ベッセル関数とかガンマ関数を使ってHeisenbergのS行列やJost関数の計算なんかも相当やりました。エネルギーや角運動量を複素数にしてS行列の特異点を調べるとエネルギー準位が求まるんですよ。これは本当に面白かったですね。 S行列とは何ですか? 第2次世界大戦の最中にHeisenbergが提唱した理論で強い相互作用に関する理論です。ドイツから、Uボート(潜水艦)でロケット戦闘機の設計図などと共に日本に運ばれたそうです。戦後、Regge極理論と結びついて発展しました。 S行列やJost関数の計算をしていると自然に多変数正則関数や超関数が出てきます。超関数や多変数正則関数の理論も数学者の書いた本は、勿論、間違ったことは書いてないですけど、読んでいてあまりおもしろくないですね。 第一、具体的な例がなかなか出てこないし、定義、定理、証明の繰り返しですから。 こんな事いうと数学者の方々から怒られますね。(笑) 山内恭彦先生の量子力学の本にも“デルタ関数に関する限り超関数の理論は、安心して使えることを保障するだけで物理学者の直感以上に付け加える事はない”なんて書いてあります。 (余談になりますが、私の持っている山内先生の本(回転群とその表現)には先生直筆のサインがあります。) >>533 つづき (山内恭彦先生の量子力学の本“デルタ関数に関する限り超関数の理論は、安心して使えることを保障するだけで物理学者の直感以上に付け加える事はない”か・・ でも、その後の発展はあるよね) どんな本を読んでいたのですか? 数学科の図書室の片隅で埃をかぶって廃棄処分寸前の昭和30年代のガリ版刷りの数理科学研究班の原稿を見つけた時は宝の山を発見した感じがしました。 “分散公式の証明、場の量子論における解析性、楔の刃の定理”などの題名を見ているだけでワクワクしてました。等角写像の作り方なんかも今井功先生の流体力学の本で勉強しました。 数学科では等角写像の存在証明に命を懸けますから、作り方までは教えてくれません。寺沢寛一先生の“自然科学者のための数学概論(上、下)“、犬井鉄郎先生の”特殊関数“や”応用偏微分方程式”など読んで“ラプラス方程式の解の特異性は虚の方向に伝播する“なんていう文章に感動してました。 勿論、証明はないんですけど、直感的に言い切る所がすごいと思いました。数学的には今では、”超局所解析学“という理論でキチンと証明されてます。 今の数学科の授業科目に物理数学や変分法、量子力学の講義がないのは非常に不思議です。行列の積が非可換だというのも量子力学をやって初めて意味が分かった気がします。 もっともこういうのも授業で習うと途端につまらなくなるんですよね。 修士論文で目指した定理も(あとで判ったのですが)レッジェ極理論(複素角運動量の理論)や量子統計力学(松原グリーン関数)で使われています。 最近、Bose―Einstein凝縮の事を調べていたら、昔、自分が計算していた積分が出ていて、リーマンゼータ関数やアッペル関数が出ているのを見てなんだか懐かしかったですね。 思い出話モードに突入しちゃいましたね(笑)。 いや、お恥ずかしい。目が遠くを見てました。 (引用おわり) 吉野邦生先生もかなり変わった人やったんやね。でもすごいね >>529-530 >そうそう。勉強したければ『先ず最初にソレを読む』ってのが基本ですわ。 >スルメと同じで、最初は固くても、でも何回も何回も読めば、ちゃんと味 >がして来ますわ。ソレも『猛烈にドギツイ天才の味』がしますわ。 なるほどね >追加:その記事を見ると、同時期にトムがメダルを貰うてますわナ そうでしたね。トム先生は、後のカタストロフィー理論で有名ですが >一流の数学者の奥さんはブスでないとアカンとかも言うてたし。 佐藤先生は、若い時は数学と結婚されていたらしい >いや、彼の場合は「寄り道じゃない」でしょ。だって彼は『自分が興味な >い事は絶対にしない人』だから。なので本気だった筈。 ああ、本気でね >イジング模型で修士論文を 後、イジング模型の理論解を若い人と求めたんでしたね http://mathsoc.jp/publication/tushin/index-1.html 「数学通信」創刊号 第1巻(1996年度) http://mathsoc.jp/publication/tushin/0101/miwa1-1.pdf 物理と数学の出会い−数理解析研究所における可解格子模型の研究 三輪 哲二 数学通信 1996 (抜粋) 1975 年頃、佐藤幹夫(数理研教授、当時)は、物理学におけるグリーン関数の重要性に着目し、自由場でない例を求めて、学生時代に興味を持ったイジング模型を再検討していた。 いくつかの幸運と天才の直観に導かれて、彼はWu たちの論文と出会う。 そして、1977 年の春、数理研での若い協力者(神保道夫、三輪哲二)との毎日朝10 時から晩10 時までの研究の日々の末に、イジング模型とモノドロミー保存変形理論のつながりを確立する。 無限自由度の物理から古典的な解析学へ一本の橋が掛けられた。 1985 年、火うち石が撃ち合わされた。モスクワではDrinfeld が、京都では神保が、Faddeev の仕掛けに火をつけた。量子群の発見である。 (引用おわり) >>536 つづき >いや、そのクラスの人はですね、『数学と物理の区別なんて無視』ですわ。 多分ベースが数学で、物理に面白い問題があるからそっちに越境したんでしょうね >>536 "物理と数学の出会い−数理解析研究所における可解格子模型の研究 三輪 哲二 数学通信 1996"は、似たことを以前のスレで紹介した気もするが、ご容赦(^^; ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる