自分を相手に置き換えて物事を考える
普通の人は当たり前のように出来る事だ
だから思いやりや優しさというのは内側から自然に出てくる

ここで自分をルイボスであると仮定しよう
ネットでバッシングを見たらまず嫌な気分になる
応援してくれている人に対してまでバッシングには苛立つだろう
そこで自分は擁護されているのに信者へのバッシングに対してもつい「嫉妬」「妄想」と発してしまった
そう考えるのが自然だ

ここで嫉妬君を信者だと仮定しよう
大好きなルイボスの悪口を言われて怒りがわくだろう
この場合全力で否定するために様々な手段を講じる
嫉妬だ、妄想だで切り捨てるわけがない
それではルイボスを守れない、信者失格だからだ

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もし嫉妬君=ルイボスだと仮定する
嫉妬君の行動はルイボスの目的に沿っている
活動内容も目的も同一ならば本人の別人格、または本人以外に考えようがない行動になる
なぜならば人は自分にとって何らかのメリットが発生しないと行動しないからだ
ここでルイボスを叩く人達の心理状態は「不誠実さ」に対する憤りになる
インチキや不正を許してしまうと世の中のルールが乱れるから
そういう正義感、場合によっては偽善がアンチ行動のトリガーになっている

しかしルイボスにはトリガーは必要無い
相手が何もであれ自分をバッシングする行為そのものを無かったことにしたい、
埋もれさせたいという狙いは明確
ゆえに「嫉妬」「妄想」と切り捨てたり発狂人物を演出して論旨を逸脱させるのが狙いとなる