さて、問いを発した僧からみれば。

A.中年のおっさんがハイエルフになる。

意味がわからないだろう。
つまりは僧からみたらこうなる。

Q.中年のおっさんがハイエルフになる?

私そのものが僧にとっての公案になるのだ。
そして僧は公案となりし私の中にみるはずだ、問うている己の姿を。
僧はそのときこの一切を滅するであろう、するとこれだけが残る。

『          』

そこには私も僧もなし、と。
ただ周りからみればハイエルフのコスプレを楽しむおっさんが2人いるかもしれない。
ここまで想定しての解答になる。

>”お釈迦様はなんで女なのか?”

これについての私の解答を簡単に説明するなら。

麦くんは風が吹いたときに『どういうこと?答えはなに?』とか考えないだろう。
でも空からトンカチが降ってきて頭に当たったらさすがに疑問に思いなぜそれが降ってきたのか原因を探す。
この問いかけは空からトンカチが降ってきたものに等しいものだ、普通なら考え込んでしまう。
でも私はそういう分別の働きを止めてありのままに受け止めただけ。
もちろんそこに悩む(迷う)心は灯らない。
トンカチを投げ返したのはただの作用反作用の法則である。