>>598
麦くん、私の>>554の模範解答はただの冗談にしかみえないだろうけれど。
ちょっと解説しようか。

まずは隻手だが。
何かを問われると私たちは何かしらの答えがあると思い込んで、何かしらを答えなければならないと思い込む。
私はまずはそういう思い込みを公案もろとも一刀で絶ち切った。
『僧』が『問う』、『私』が『問われた』、そういう分別と一緒に。
ちなみに分別の対象となる世界そのものも切ることもできるのだけどそこまではあえていかない。

こういうのは考えた時点で終わり、という前提を置いて。
切った後はこうなる。

Q.
(Qもないんだけれども便宜上ね)

ここで演繹されるものがあるとすればそれは自らがもつ公理である、私は実際にこの公案と向き合ったときにハイエルフの太腿がでてきたのだ。
これには別に意味はないし意味を求めるべきものでもない。
ここでわざわざハイエルフのコスチュームに着替えるのは個人的な趣味になる、というわけでもなく。
これにも別に意味はないし意味を求めるべきものでもない。
しいていうならば、これは私の業からくるなにかである。