ダンデス・ダイジの見性体験


>やがて、老師は隻手(せきしゅ)の公案をくれた。
>両手を打ち合わせれば、パチンと音が出るわけだが、隻手(片手)にはどんな音があるか? その隻手の音声(おんじょう)を持って来いというのが、この公案の内容である。
>それから、私は座禅をしながら、隻手・隻手・隻手・・・と念じるばかりであり、念じる以外に何もなかった。絶望さえなくなった絶望の中で、私のすることは隻手を念ずること意外にない。

>私はそれを老師のところに持っていった。入室参禅(にっしつさんぜん)である。

>・・・私は入室の礼拝を型どおりに済ますと、老師の前に坐った。
>そして、坐ると同時に、自ら勝手に「セキシュ!」という大音声が私の中から飛び出してきた。

>老師は、ただうなずいた。

>私は礼拝して参禅室である本堂から出ようとする。その時、後ろから老師が静かな太い声でつぶやいた。
>「見解はそれでよい。が、爆発じゃ」。

>その時である。その瞬間である。突然、私も老師も、この寺の本堂も何もかもがブチ抜けたのだ。すべてが開かれたのだ。
>天地いっぱいに広がる歓喜が開かれたのだ。私は隻手の音声そのものであった。
>すべてが隻手の音声の中にあった。否、隻手の音声でさえない。あたり一面が存在それ自身の光明に満ち渡っていた。

>老師は寺の玄関まで私を見送ってくれた。「これで、お前の屁理屈は終わったな」。そう老師は言った。