遠い街

「遠くて近い街ってなーんだ?」
鬼原勇太は、電車の中で、幼なじみからもらった一通の手紙を読み返していた。
最後に書かれた謎かけ。
彼の頭の中ではもう、その答えが出ていた。
電車は遠くへと向かう。
鬼原勇太は、今からちょうど一年前、
昨年春から東京で一人暮らしを始めた。
高校を卒業後、菓子作りの職人を目指して上京した。
都内にある、少し名の知れた洋菓子店で修行の日々を送っていた。
そして今日、少し長めの休みをもらった彼は、
ちょっとした旅行カバンに荷物を積めて持ち出して、
電車の切符を購入し、少し離れた目的地まで移動しているところだった。
休みがもらえるとわかったときは、まず、幼なじみに連絡を入れた。
幼なじみの名前は、鹿野 梨理子(かの りりこ)。
何度か電車を乗り継いで、目的の駅に到着した。
改札を出ると、そこに梨理子はいた。
勇太を見ると微笑んで、そして、
「おかえり」
と言った。
「ただいま」
勇太は動揺した。
久しぶりに会った梨理子はどこか大人っぽくなっていて、
今までかいだことのない、とても良い匂いがした。
「メールもいいけど、たまには手紙もいいもんでしょ」
「うん、風情があって良かったよ。何回も読み返したんだ」
「嬉しい。でも、そんなにいいこと書いてあった?」
「うん」
手紙には、勇太の身を気遣う内容の文章のあと、
最近、梨理子の身の回りに起きたことがとりとめもなく書いてあった。
何気ない日々についての報告が、今の勇太にとっては、
あたたかく、ありがたいものだった。