>>56の続き

去っていくテイタニアを確認しつつ、キリコは安堵した。再び窓掃除に取り掛かろうと
考えはしたが、窓掃除は自分自身を晒すリスクが高いので、とりあえず部屋の掃除を
行い、窓掃除はしばらく経ったら再開することに決めた。
まずは、脱ぎ散らかした耐圧服の収納から取り掛かる。床に放置された耐圧服を
手に取り、畳もうとしたその時、床から発せられた金属音がキリコの耳朶を打った。
1ギルダン硬貨だった。ウドの街の小汚いカフェで苦いコーヒーを飲んだ後で
受取った釣り銭がまだ耐圧服のポケットに入っていたのだった。
「気づかれたか!?……」キリコが室内に身を隠そうとしたその時、玄関の
ドアノブがガチャッと鳴った。当然玄関のドアは施錠されているので開けられる
はずはないのだが、テイタニアはそれを力任せに開けた。
ドアノブを回して軽く手前に引き、施錠されていることを確認すると、
一気に手前に引いてドアを開けたのだ。
開けたというよりは、引き剥がしたと言ったほうが合っていた。そのドアを傍らに置き、
テイタニアはキリコの方を見る。キリコは足場の悪い汚部屋の奥の方で歩きづらそうに
しながら歩いていた。
テイタニアの網膜にキリコの顔写真とデータが表示される。表示されたデータから
ここがキリコの家であることは間違いないのだが、確認のためキリコの顔を見る
必要がある。テイタニアはキリコに視線を移した。キリコもまたテイタニアの方に
徐々に視線を移していった。そして、テイタニアとキリコの視線が合ったその瞬間、
テイタニアの網膜の映像は乱れ、テイタニアは胸の辺りから全身に衝撃が走るのを感じた。
「(補助脳の不調なのか?)」一瞬テイタニアはそう考えたが、すぐに否定した。
違う。これは補助脳の不調ではない。この衝撃、この感覚、ネクスタントとして
蘇生する以前にも感じたことがある。この体は頭以外は全て掃除のために作られた
義体でありもはや心臓などは持ち合わせていない。なのにこの体に感じる感覚、感情。
そう。この感覚、感情とはまさに…………。