国が奨励したヒロポン使用

戦時中の日本では、戦意向上と眠気醒ましの為に、
半ば強制的に兵士に覚醒剤「ヒロポン」を使用させた。

覚醒剤に玉露の粉末をブレンドした「突破錠」や「猫目錠」は、
軍需工場で働く女学生や、中学生にまで配られた。
国民の多くが、国の方針でシャブ漬けにされたワケだ。

このことは、戦後から現在に至るまで、日本に覚醒剤を蔓延させる
原因になった。
戦後余ったヒロポンが、裏世界の人々によって大量にバラまかれ、
注射をするのがファッション視されたほどの「ヒロポン・ブーム」が興った。

由利徹はこめかみに注射器をぶら下げたまま舞台へ出るというギャグを
やったというし、多くの芸人たちが付き人に注射器を持たせていた。
坂口安吾は、ヒロポンと睡眠薬を同時に濫用して、大暴れしながら作品を書いた。
(大抵の覚醒剤中毒者は、不眠状態に陥るため睡眠薬をを服用し、
無理に寝ようとする。だが、覚醒剤と睡眠薬の交互摂取は、
精神障害を招きやすい、最悪の使用パターンである。)

芸人や作家、医者、学生、その他ありとあらゆる層がヒロポン濫用者となった。