折しも、敢然と脱ぐ女優が出てきた潮流。「忍ぶ川」(72年・東宝)のこんなエピソードがある。
 当初、この作品は熊井啓監督が日活に持ち込み、小百合主演で製作される予定だった。結婚初夜の濡れ場も用意されており、小百合自身も積極的で乗り気だった。
 ところがこれに、小百合の父親が異常なまでに反対し、横ヤリを入れる。
 結局、小百合は渡との結婚が破談になった時と同じく、父親に従う結果となり、まさかの降板。「幻の濡れ場」となったのと同時に、女優として脱皮する機会を自ら逃してしまった。
 ちょうどそんな頃だった。父がとある映画の主演を誰にしようかと迷っていた。私はもちろん、その時も小百合ファンクラブの一員たる「サユリスト」。
「パパ、小百合ちゃんはどう?」
「うん、小百合もいいと思うんだが。手垢がついてないからな。山本陽子みたいなのは御免だな」
 しかし結局、小百合は起用されなかった。
「どうだった?」
 私がそう聞くと父は、
「どうやら結婚するらしいよ。あまり仕事をする気がないらしい」
 これと前後して、小百合は声がうまく出なくなる病気に悩まされることになる。渡との破談ショック、それによる両親との対立、忙しすぎたことによる精神的ストレス、そしてスランプ‥‥。
 小百合自身が、
「何をやってもうまくいかなかった。長い長いスランプで」
 と、のちに振り返っているが、その心の隙にうまく入り込んだのが、先の「個人授業三人衆」ではなく、やがて夫となる中年テレビプロデューサーだった。
中平まみ(作家)