そういえば『首都消失』も舛田か。
原作のポリティカルフィクション風味をバッサリ切ったパニック映画にしてしまっていたが、
これも「でも日本映画では所詮はそこまでスケールの大きな作品にするのは無理なんよ」
程度が本音でしょうね(脚本は山浦弘靖と舛田)

ちなみにモーリス・ジャールはOPテーマを作っただけで後のスコアは書いてないらしいけどな。
実際に書いたのが誰かは知らんけど(前に出た舛田のインタビュー本でその辺の内情は
バラしているらしい)

日本の実写SFだと、85年放送のNHKドラマ『オアシスを求めて』ってのがまあまあ
良かった(脚本=田向正健 演出=富沢正幸 音楽= 冨田勲)
ただこれも低予算の枠内で「出来る事だけをやる」と開き直ったから出来た感じ。

80年代から現在まで日本で実写SFをやろうとする人は沢山いる(映画・TV・Vシネ)
その辺はこのスレにいる人たちの方が遥かに詳しいだろう。

だが結局はどれも「所詮は日本の予算・制作環境じゃな〜」とそこから先にはまず行けてないね。
低予算に開き直った場合に「たまに」まあまあのモノが出来るだけ。

日本は学術からビジネス・製造業まで万事でとにかくケチる事しか考えない国だから仕様がないね。
50〜60年代東宝特撮の贅沢さの方がむしろ例外だったのだろう。