>>19
>有無という人智を超えた処に神がおられる
>のなら、有神論も無神論もいずれも
>その語りはそれを明らかにする事には
>遥かに及ばないのですよね。

>その時一体我々はどうすれば神を
>語れるのでしょうか?

神は人知を超えた存在なのですが、
人は神の存在を全く感じれないのか?
と言いますと、そうでもないと思います。

人知ではその存在を解き明かすことが
できなくても、神が存在なさることは、
神の被造物を見ることで、神の存在を、
間接的に知ることができると思います。

この宇宙を支配する美しい法則や、
自然の美しさ、動植物の生命力を
見るとき、そこにこの宇宙を作った意志
のようなものを、感じれると思います。

その被造物に隠された、意志を人が
知った時、人はそこで神の存在を
語ることができるのではないでしょうか?

それとは別に、人は霊の働きを心で
直接に感じ取る能力があると思います。

神聖な場所にいるときや、
神聖なものを見たり、それらに、
触れ時に感じる霊の働きです。

それによっても、人は神の存在を
語ることができると思うのです。