ピラトははっきりしない性格で、貪欲、傲慢、無定見、低級な考えの男であった。高尚な敬虔さは少しもなく、もし自分の利益になることなら卑劣な行為もあえてなした。しかし同時に当惑した場合には、臆病な、もっとも低級な方法で迷信的偶像礼拝や占いをもする男でもあった。

それで今度もその館の秘密の一室で香をたき神々に懇願した。かれは神々にそのしるしを願った。かれは鶏がどういうふうに餌を食べるかを懸命に観察した。悪魔はかれにあれこれとささやいていた。かれはキリストの無罪放免を一応考える。しかしもしイエズスを生かしたとするとイエズスは自分の神々をひどく迫害するに違いない。すると神々はきっと自分に復讐するだろうと恐れたりした。

かれは考えた。「結局かれはユダヤ人の神の一種であるかも知れない。そして自分の神々やセザルを眼下に見下すに違いない。もしかれが死ななければ自分は大きな責任を問われることになる。多分かれの死はわが神々の勝利となるだろう」と。

しかし、すぐまた今まで一度もイエズスを見たことのない妻の夢のことが気になって来た。それを考えるとかれの良心の天秤皿は、ガリラヤ人を放免する方にかたむいた。かれは公平に行動しようと思った。しかしそうする間がなくなってしまった。ちょうど「真理とは何であるか」という質問に返事を待つ余裕がなかったと同様に。
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