>>417
>念のため書いとくが、長時間身体のどこかに集中するなら
>緊張を伴う集中より弛緩集中を心掛けないと危険だと思う

これは、どういう危険があるの?

中心技法の場合は、中心で休むという言葉の通り、私という頭の感覚あたりで休むので、弛緩状態だけど、

胸で球体に形成する時は弛緩はしてないかもしれないな
ふんわりした光の玉なら、弛緩してそうだけど、固い玉のイメージだと緊張ぎみかも?

自我復元では指導されなかった肚は、ふんわりした腹のあたりの感覚っぽいようなので弛緩した集中っぽいけど、あ、
そーいえば、中心技法じゃなくて、

無明庵掲示板の『[426]■ ★分割自我復元★その426■ 【最重要】●【自我復元の主体となる基礎から】■』という記事で

“【自分が、今そこに いる】というその【感覚】をじっと維持してください。
【私は いる】という【実感感覚】の維持、それのみです。”

というようなことを、全員がやるように書かれていたけど
「私」とか「いる」とか、妄想してるだけになりそうだし
頭胸とかで説明して来てるんだから、いっそのこと「いる」=肉体感覚とかの方が分かりやすいのでは、と思った

ネドじゅんさんも、呼吸法で、肉体の内部をふんわり集中するように言ってたな