>>863
何を言ってんのじゃないの。
そういう事なんだよ。


>別々の五感の、変化していく流れに対し、名前を与えることによって、それらを束ね、固定化して、そこに物があると思いなしていく。
>それがじつに我々の知っている物なのである。(中略)
>ところがそういう、他との差異しか表わさない、ネガティブな言葉を適用しつつ、そこにむしろ自存的な、それも変わらない、ポジティブな物を認識してしまう。>これは錯覚でなくて何であろうか。
>(中略)
>意識が五感に対して言葉を適用すると、その経験が意識下の阿頼耶識に保存され、その後、その意識の言葉による分節に見合うあり方で諸感覚が生起してくるというのだ。
>つまり、言葉をくりかえし用いる経験が、やがて一種の構造化された世界を形成するというのである。
>早い話が、言葉が世界を作り上げると言うのである。
>(哲学としての仏教 竹村牧男 より)